『じゃあ、わたくしはここから動かずにいますわ。どうかお願い、桐生さん』

『ああ、待ってろ』

 大雅からの発見を期待して待つということで、うららは通話を切った。

 もし冬真に勘づかれたとしても、この時間帯なら大丈夫だろうと大雅は高を括っていた。

 旧校舎は確かに人気(ひとけ)がないが、本校舎の方へ逃げれば助けは望める。

 とはいえ、万が一に備え、昼休みが終わってから動くことにする。

 冬真が教室に拘束される授業中の方が、リスクは格段に低くなるからだ。

 このまま、うららが見つからないという状況もまずいが、せっかく小春に救われた大雅が冬真に絶対服従させられるという状況も避けなければならない。

 やり取りを終えた小春は改めてうららの身と記憶の無事に安堵しつつも、何処か釈然としない気持ちに陥った。

(何か、あまりにも都合がいいような……)

 何かが変だ。何かが腑に落ちない。

 表情を曇らせた小春に気付き、蓮は小首を傾げた。

「どうかしたのか?」

「……あ、えっと」

 上手く表せない違和感を、慎重に言葉を選びながら伝える。

「何か、何ていうか……うららちゃんが無事だったのは良かったけど、冬真くんはどういうつもりなんだろう?」

 実際に大雅が動き出したように、このままいけば、うららを救出することが出来てしまう。

 こちらにとっては好都合だが、冬真は何故そんな隙を与えるのだろう。

「確かにな。普通なら記憶も奪うはずだもんな」

 うららの魔法的にも、彼女のことは手下にした方が、冬真には都合がいいだろう。人質ではなく、完全な手下に。

 そのために記憶を奪い、書き換えてしまうのが自然な判断のように思える。

 そうでなければ、こうして仲間たちに連絡を取られてしまう────。

 琴音は、はっとした。

「その通りね……。監禁してスマホを遠ざけたとはいえ、百合園さんなら手に取れることは分かってたはず。なのに取り上げなかった。わざと、私たちと連絡が取れるようにしたんだわ」

 どう解釈しても、奇妙な不安感が増幅していく。

「まさか……」

「これは、私たちを誘い込むための罠だわ」

 そう言った琴音は顳顬に人差し指を当て、大雅に語りかける。

「桐生、百合園さんのことは私に任せて。今から向かって瞬間移動させるわ。旧校舎の備品倉庫とやらに行ってみる」

『……マジ? でも、飛べんの?』

「校舎自体は通ったことがあるから行けるわ」

 琴音の瞬間移動は、本人が直接訪れたか見た場所にしか移動出来ないという制約があるが、その点はどうやらクリア出来そうだ。

 旧校舎には行ったことがなくとも、一目見れば分かるはずだ。

 琴音がやってくれるのであれば、大雅が動くよりもさらにリスクが低くなるように思えた。

 仮に冬真と遭遇したとしても、能力で逃げてしまえばいい。

『ふーん、そっか。じゃあ頼んでもいいか?』

「ええ、任せて」