今日も担任は暗い表情で教室の扉を開けた。

 慧の前例があるためか、クラスメートたちは思わず空席を探す。

 花瓶の置かれた慧の机以外には、瑠奈の席が空いていた。

 小春はずっと彼女を気にかけており、今日また改めて話すつもりでいた。しかし、姿が見えないとは……。

「胡桃沢だが、昨晩急に家を飛び出してから帰って来ないとご両親から連絡があった。連絡も取れないそうだ」

 教室内にさざ波のようなざわめきが広がっていく。さすがに尋常ではない事態だ。動揺や戸惑いは必然と言える。

「もし、何か事情を知ってたり、胡桃沢とコンタクトを取れたりする奴がいたら、先生に言いに来てくれ」

 小春は、ふと思いついた。

 もしかしたら瑠奈は、冬真に操られているのかもしれない。

 最後に話したときの瑠奈の様子からするに、自分から冬真のもとへ行くとは考えにくい。

 冬真が瑠奈の自宅まで赴いたのかもしれない。

 小春が大雅を救い出したことに腹を立てながらも危機を覚えたとすれば、手下は手元に置いておきたいと思うはずだ。

 でも────と、和泉のことを思い出す。

 小春が知る限りでの最初の犠牲者である彼も、今の瑠奈と同じように行方知れずとなり、結局瑠奈に……魔術師に殺されていた。

 敵は何も冬真たちだけではないのだ。瑠奈も他の魔術師に狙われてしまったのかもしれない。

 一限目を終えた休み時間、小春のスマホに紗夜からメッセージが届いていた。

【話したいことがある。いつでもいいから連絡して】

 小春は教室を出ると、中庭へ向かった。



 メッセージアプリから紗夜に電話をかける。一コール目が切れるより早く、紗夜からの応答があった。

『もしもし……』

「あ、紗夜ちゃん? 話って……?」

 一拍置いて、紗夜は話し出す。

『別にあなた個人への特別な話ってわけじゃないの。ただ、何となく共有しておいた方がいいかなって』

「うん?」

 紗夜の前置きに、漠然とした不安感にも似た予感が湧く。

『私たちは……小春たちに接触したのと同じような感じで、他の魔術師たちとも接触して繋がりを持ってた』

「あ、うららちゃんも言ってたね。“伝手がある”って、そういうこと?」

『うん……。でも、昨晩から何人かと連絡が取れなくなった。何かあったんだと思う』

 連絡が取れない────。小春は今朝のホームルームを思い出す。

「……実は、瑠奈も昨日の夜から消息不明になっちゃって」

 関連があるのだろうか。あるいは、単なる偶然に過ぎないのだろうか。

 考えても答えの得られない疑問だった。

『嫌な予感がする。……まぁ、連絡が取れなくなってまだ一日も経ってない。思い過ごしだといいんだけど』

 紗夜は単調な語り口で言う。小春もその言葉に頷いた。

『とにかく、あなたたちも気を付けて。如月冬真の仕業にしろ、他の魔術師の仕業にしろ、手強いのは確かだから……』

 紗夜との通話を終えると、小春は瑠奈とのトーク画面を開いた。

【何があったの?】

 何か、ではなく、何が、と尋ねたのは、ただならぬ事態を察していたからだ。

 何かあったに違いない。いったい、何があったというのか。

 いつもは既読や返信といった反応が比較的速い瑠奈だが、今回ばかりはそうはいかなかった。

 小春は教室へ向かって歩きながら、頭の中で大雅に呼びかける。

(大雅くん、瑠奈とテレパシー繋がってる?)