だんだんと冷静さを失った瑠奈の頭は、パニック状態に陥っていた。

 彼が言っていることの半分も理解出来ないが、命の危機に瀕していることだけは分かる。

 殺される……。でも、何故?

「分かんない……、分かんない分かんない分かんない! 何で? 何で私を!?」

 かぶりを振って現実を拒絶しようとした。

 しかし、残酷にも時は流れていく。瑠奈を死へと近づけていく。

「自分で自分に聞いてみるといいよ〜。それじゃ────」

 話を切り上げた男は、再び手を翳した。その手に炎が宿ったかと思うと、瑠奈目掛けて放たれる。

 何故かスローモーションのように捉えられた。見開いた瞳から、恐怖で涙がこぼれ落ちる。

(あたし、死んだ────)

 そう思った瞬間、周囲の何もかもが静止した。

 向かってきていた炎も、半狐面の男も、空の雲も、すべてが動きを止める。
 まるで、時間が止まった(、、、、、、、)かのようだった。

「え? あれ……?」

 思わず一歩踏み出そうとして、肩に誰かの手が触れていることに気が付いた。

 慌てて振り返ると、そこには一人の見慣れない女子高生がいた。

 彼女は無表情のまま、瑠奈から手を離す。

「私の名は藤堂紅(とうどうべに)。ついて来い……、ここは危険だ」

 彼女が信用に値するのかどうか、味方なのかどうか、といったことを考える余裕はなかった。

 瑠奈はほとんど反射的にその言葉に従う。時間が止まったのが彼女の仕業なら、自分を助けてくれたということだ。

 瑠奈と紅は停止した世界を駆け、半狐面の彼から逃げた。



 二人が姿を消してから、ややあって再び時が動き出す。

 彼の繰り出した炎は虚空を辿り、ブロック塀に当たって散った。不思議そうな表情で首を傾げる。

「あれぇ? おっかしいなー、あの子消えちゃった。ま、いっか。今日のところは退散〜」



*



 朝とも夕ともつかない空模様を、足元の水面が鏡のように映し出す。

 幻想的なその空間に、三つの人影があった。

 不意に空中が光り、そこから半狐面の男が「よっと」と軽い調子で現れる。

「あ、帰ってきた」

 人影のうちの一つ────市女笠を被り、フェイスベールをつけた少女が、さした傘をくるりと一回転させた。

「ただいまぁ」

「“ただいま”じゃないよ、まったく……。収穫を挙げてないのはあんただけだよ。あたしらは皆、対象者(、、、)にちゃんと制裁を加えてきた」

 少女の隣に立っていた(あで)やかな雰囲気の女は、責めるような口調で言う。呆れたように腕を組んだ。

「だって逃げられちゃったんだもーん。どーせ、一日じゃ片付かないしのんびりやるよ」

「……まぁ、それでこそあんただけど」

 彼の気楽な返答には、これ以上何を言っても響かないだろうと思わされた。

 しかし、不真面目ながらやるときはやる男だ。懇々と説教をする必要もないだろう。

「喫緊の問題は────」

 それまで沈黙を貫いていたもう一人の男が口を開く。半狐面の彼とは異なり、威厳や風格が滲み出た出で立ちだ。

 四人の中に明確な上下関係があるわけではないが、彼がリーダー的存在なのは暗黙の了解であった。

「胡桃沢瑠奈よりも水無瀬小春だろう。異能自体が強力というわけではないが、仲間を集わせ、反旗を翻さんとしている」

 その言葉に少女は大きく頷いた。

「最早まともにゲームに参加する気はないって感じー。ムカつく! せっかく楽しいバトロワの舞台を用意してやったってのにさ」

「それはただ、あんたの趣味ってだけだろ」

 女の言葉に「まぁね」とにこやかに返した少女だったが、次の瞬間には顔から笑みを消した。