けれど、どういうわけか彼は顔を上げない。
「蓮! 助けて!」
精一杯叫んでも、届いていないようだった。
消音魔法だろうか。
小春から発せられる一切の音が消されている。
心臓が嫌な音を立て始める。指先が冷えていく。
背後にいるこの男は、いったい……?
「ダメじゃーん。愛しのコハルちゃんから目離しちゃ。ホントに守る気あんのー?」
突如聞こえた声にはっとした蓮は、その出どころを見やるも、そこには誰もいなかった。
電車が過ぎ去ったあとは閑静なもので、自分たちのほかに人の気配はない。
自分たち、どころか、いつの間にか小春の姿もなくなっている。
「小春!? どこ行った?」
踏切の向こう側にいたはずなのに、忽然と消えてしまった。
そんな蓮の様子に小春も戸惑った。
音や声が聞こえないだけでなく、見えてすらいないようだ。
「ここ……ここだよ! 蓮!」
急速に不安になった。
このまま存在まで消されてしまうのではないだろうか。
蓮にも誰にも気づかれないまま、殺される?
「おまえ、祈祷師だな? 小春を返せよ。どこにやったんだよ!」
「はいはい、うるさい。キミはあとでボクが……いや────」
一度、小春に回していた腕をほどいた祈祷師は歩み出た。
ぐにゃりと空間が歪み、唐突にその姿が現れる。
白髪に和装、半狐面の男。それを認めた蓮は睨むように見据える。
祈祷師は取り合うことなく口元に笑みをたたえた。
「呪術師にでも相手してもらってきなさいな」
「な……」
瞬間的に目の前に現れると、そのまま触れた。
何か言ったり抵抗したりする隙もなく、蓮の姿が消える。
「蓮!!」
くるりと振り返った祈祷師は、わざとらしく両手を広げた。
「さあ、ミナセコハル。邪魔者は消えた。遠慮なくぶっ殺させてもらうよー」
足がすくんで背筋が冷えた。
自分ひとりでどうにかできるとは思えない。
倒すなんてことは絶対に無理だ。隙を見て逃げるしかない。
小春は深く息を吸い、必死で心を落ち着けた。
「ま、待って……。どうせ殺すなら、聞きたいこと聞かせて」
「えぇ? んー、まあいいけど」
瞬くと、目の前に彼が現れる。
つい怯んでしまうものの、いますぐに取って食われるといったことはなさそうだ。
「あなたは……何者なの?」
「だから、ボクは祈祷師だってば。運営側ね」
さらりと言われたその言葉に息をのんだ。
まさに自分たちが倒そうとしている連中だ。



