さすがに琴音も動揺した。
正面では冬真がほくそ笑み、律は頷いている。
「それが硬直魔法か。有用だな」
「まあ20秒だけだけどねー。そんだけあれば十分かにゃ?」
聞こえてきたのはおどけた口調の男の声だった。少なくとも奏汰ではない。
硬直魔法にかかった琴音を離すと、彼は冬真たちの方へ歩いていく。
ふわふわの白髪と半狐面、それに和服。どう見てもここの生徒ではない。
「誰……!?」
「ボク? ボクは通称、祈祷師。ま、呼び名なんてどーでもいいさな。キミはいまから死ぬんだから」
「祈祷……? 魔術師とはちがうの?」
「ちがうよ、異能は使えるけどね。……って、もうボクに質問しないでくれる? つい答えちゃうじゃん。時間稼ぎのつもりー?」
“祈祷師”なんて初めて聞いた。
まさか、祈祷師は祈祷師同士でゲームが繰り広げられているとでも言うのだろうか。
けれど、それなら魔術師に手を貸す理由が分からない。
「さあ、トーマっち。因縁のコトネンは目の前で動けなくなってる。殺るならいましかないよ」
冬真に向き直ると、やけに親しげな呼び名でそう言った。
いったい、どういう繋がりがあるのだろう。
おもむろに冬真はポケットの中から折りたたみ式のナイフを取り出した。
普段からあんなものを持ち歩いているのだろうか。いまさら驚きはしないけれど。
琴音は鋭いナイフの切っ先を認めた。
歩み寄ってくる冬真の靴音を聞いた。
────あれを退ける方法が、何かあるはずだ。
「そんなもので殺していいの?」
最後の抵抗としての命乞いだろう、と高を括った彼は、面倒そうにその眼差しを受け止める。
琴音はそのとき、ふいに身体の硬直が解けたことに気がついた。20秒が経過したようだ。
けれど、状況を覆す隙を見出すためにそのままの姿勢を保つ。
ふ、と唇の端を持ち上げ、勝ち誇ったような表情を作ってみせる。
「あなたが喉から手が出るほど欲してる硬直魔法……。持ってるのはこのわたしよ」
冬真の歩みがぴたりと止まる。
驚いたように息をのんだ。律も目を見張る。
「異能は異能で殺さないと奪えない。それがルールよ。そんなものでわたしを殺しても、あれだけ求めてた硬直魔法は得られないわ。残念だったわね」
冬真が硬直魔法を得たいのなら、冬真本人が異能で琴音を殺害する必要がある。
────と、思わせることができただろう。
「……なら」
先に衝撃から立ち直った律が、祈祷師の方を向いた。
「自殺の場合はどうなる?」
冬真に操られるか、律に記憶を書き換えられ、自殺するよう仕向けられたら。
琴音はひやりとした。



