直感的な危機感に突き動かされ、自室を飛び出した。
転がるように階段を駆け下りて家の外へ出る。
あてどもなく瑠奈は走り出した。とにかく逃げることしかできない。
何があろうと、もう判断を誤りたくない。
「はぁ、はぁ……」
自宅からかなり離れた住宅街で足を止めた。
心臓が早鐘を打ち、息切れして肺が痛い。
意味不明な状況ではあるものの、彼に捕まれば、待っているのは“死”だろう。
呼吸を整えながら振り返った。
男の姿はどこにも見当たらず、影も形もない。
必死に逃げた甲斐あって、うまく撒けたようだ。ほっと息をつく。
「ありゃりゃ、追いかけっこはもうおしまい?」
ふいに声がした。
はっと顔を上げると、少し先に彼が立っていた。
「……っ!?」
心臓が止まりかけた。
さっきは誰もいなかったのに。
これではまるで、瞬間移動だ。
「誰……? 何者なの!?」
恐怖を押し殺して尋ねると、金切り声のようになった。
端正な彼の薄い唇が、にんまりと弧を描く。
「ボクはね、ある人のお使いできたの」
「魔術師なの……?」
「んー、ちょっとちがう。でも異能は使えるよ。キミたちをぶっ殺すのもワケない。……って、つい喋っちゃった」
男はひとり、けたけたと笑った。
何とも掴みどころがない上、答えも答えになっていない。
「で、実際“殺せ”って言われちゃったからね~。ザンネンだけど、キミはゲームオーバー。ちょっと制裁を食らってもらうよ」
「な、何で……? 何であたしを!?」
「自分で自分に聞いてみるといいよ~。それじゃ────」
再びかざした手にまとわせた炎を、瑠奈目がけて放つ。
燃え盛る炎の塊が迫り来る様が、なぜかスローモーションのように感じられた。
見開いた瞳から、恐怖で涙がこぼれる。
(あたし、死んだ……)
そう覚悟した瞬間、ふいに周囲の何もかもが静止した。
迫ってきていた炎も、半狐面の男も、空の雲も、世界のすべてが動きを止めている。
実体はあるのに、静止画みたいに奇妙な光景だ。
────まるで、時間が止まったかのような。
「え? あれ……?」
思わず一歩踏み出そうとして、肩に誰かの手が触れていることに気がつく。
はっと振り返ると、そこには見慣れない女子生徒がいた。
────ややあって再び時が動き出す。
放たれた炎は虚空をたどり、ブロック塀に当たって散った。
彼は不思議そうな表情で首を傾げる。
「あれぇ? おっかしいなー、あのコ消えちゃった。ま、いっか。今日のところは退散~」



