不服そうな小春の腕を蓮が掴んだ。
朧な月が少しだけ視界を明瞭にする。
この上なく真剣で、かつ切なげな表情をしていた。
「おまえまで操られたらどうすんだよ。……俺、さすがに耐えらんねぇって」
「そうよ、小春。わたしたちと意図はちがうけど、如月たちにも魔術師を殺せない理由がある。だから、百合園さんは殺されないわ。絶対服従の術にもかかってるわけだし」
自身の駒にするため、という理由がある以上、闇雲に魔術師を殺すことはないだろう。少なくともいまは。
「……分かった」
いずれ助けに向かうとしても、それはいまじゃない。
小春はどうにか不安と折り合いをつけて頷いた。
◇
瑠奈は自室のベッドの上で膝を抱えていた。
自身の両手を見下ろす。自分のためだけに散々汚してきた。
だけどもう、これからは────。
「誰も、殺さない」
小春との約束を決然と呟き、両手を握り締める。
こんなゲーム、まともにやっていられない。
異能なんて特別な力でも何でもない。
術者を蝕むだけの毒でしかない。
小春のお陰でやっと正気を取り戻した気分だった。
「────それじゃ困るんだよねぇ」
突如として、そんな暢気な声が響いた。
部屋の中には瑠奈しかいなかったはずなのに、いつの間にか入り込んでいた奇妙な男が、悠々と机の上に腰かけている。
ふわふわの白髪をそなえる彼は、しかし加齢による髪の変色ではないのだろう。声も雰囲気も若々しい。
少し着崩した和装姿で、顔の上半分を覆うような半狐面をつけていた。
口元に笑みをたたえる彼を見やり、弾かれたように立ち上がる。
「誰……!? 魔術師なの?」
何だか得体が知れない。
飄々として見えるのに、威圧感を感じる。
「ボクが気になる? うーん、万にひとつでもキミが勝ったら教えてあげてもいいよー」
完全に侮った態度だった。
瑠奈はベッドの上に置いていたステッキを素早く掴み、男に向けて構える。
「……!」
────ちがう。だめだ。
誰も殺さないと、傷つけないと、決めたのだ。
思い留まって、ゆっくりとステッキを下ろした。
それでも手放すことができなかったのは、防衛本能がうるさいくらいの危険信号を鳴らしていたせいだ。
「あれ? 戦わないの? じゃ、遠慮なくキミのことぶっ殺させてもらうよ~」
彼は楽しげな様子でその手に炎を宿した。火炎魔法だろうか。
一瞬にして周囲に熱気が立ち込め、揺れる炎を怯んだように捉える。
「……っ」



