既に遅く、大雅の靴裏が滑り始める。うららの磁力で引き寄せられていく。
律は陽動で、本来の狙いはこっちだったようだ。
「……っ」
一度引き寄せられ始めると、大雅に抗う術はなかった。
まるで強力な掃除機に吸い込まれていくようだ。
どれだけ踏ん張ってもその場に留まることは到底叶わず、掴まれるようなものもない。
うねりのせいか、やけに空気が重たく感じた。
「く……!」
うららの傍らに悠然と冬真が歩み寄る。……終わった。
記憶も自我も取り上げられ、またしても都合のいい駒にされる。
距離が詰まるたび、絶望への秒読みが進んでいるように思えた。
ふわりと身体が宙に浮く。嘆くように、思わず目を瞑った。
「大雅くん!」
闇を裂くように、その声は唐突に響いた。
「小春……!?」
「こっち、掴まって!」
真っ白な羽根を羽ばたかせ、夜空に現れた小春が手を差し伸べた。
大雅は腕を伸ばし、懸命にその手を掴む。
先ほどよりもさらに身体が浮いた。
磁場を脱し、小春の能力で浮遊しているのだろう。
「おまえ、何で────」
「あとで話すよ。とにかくいまはここを離れよう!」
大雅の手を引いたまま、小春は一気に高度を上げる。
ひんやりと冷たい夜風が真横を通り過ぎていった。
「小春! 大雅!」
蓮の声がしたかと思うと、小春は手を引いて一気に降下していく。
下には蓮や琴音、紗夜の姿があった。
風に煽られながらそっと地に足をつくと、その手を離す。
見慣れない風景に、大雅は周囲を見渡した。
もう使われていないのか、中途半端な舗装の一本道。
色の濃い木々が茂る中、ぽっかりと口を開けている古びたトンネル────深夜であることが不気味な雰囲気を助長させていた。
風が吹くと、はらはらと黒い木の葉が落ちる。
トンネル内の電灯は切れており、スマホで照らしていないと人もものも輪郭しか捉えられない。
「ここは?」
「新しい拠点だよ。高架下は冬真くんにバレちゃったから……」
「そっか。……ともかく、助かった。サンキューな、小春」
「ううん、遅くなってごめんね」
紗夜は不安気な表情でその袖を引いた。
「うららは? 小春、うららと話した……?」
「ううん、話せなかった……。わたし、いまから戻って────」
「待て、それはやめとけ。危なすぎる」
「でも」
「作戦は失敗だ。一旦、態勢を整えるべきだろ。そうじゃねぇと、冬真に接触した奴全員がもれなく絶対服従させられて、律に記憶を書き換えられる」
大雅は厳しい声色で言った。
心配なのは理解できるが、ここで小春が戻れば利するのは冬真だ。
彼ひとりならどうにかできるかもしれないけれど、うららに磁力魔法を使われると、苦戦を強いられる羽目になるだろう。



