「く……っ」
声にもならない声がこぼれる。うららは霞んだ視界に冬真を捉えていた。
その手を引き剥がそうともがいても、いっそうぎりぎりと締められて爪が食い込む。
「おい、うらら! 目閉じてろ!」
大雅は慌てるも、もはや彼女にその言葉は届いていなかった。
耳鳴りがして、涙で目の前が滲む。
「残念、もう限界みたいだよ。5、4、3……」
「やめろ!!」
大雅は叫び、駆け出そうとした。
けれど、踏み出した一歩が着地する前に律に引き戻される。
「……2、1。はい、僕の勝ち」
冬真はうららから手を離した。
どさりとそのまま地面に崩れ落ちた彼女は、咳き込みながら必死で酸素を貪る。
呆然とする大雅に対し、冬真は満足気な微笑みをたたえた。
大雅の裏切りを暴いただけでなく、琴音を潰すための新たな人質を手に入れたのだ。
「……クズ野郎」
「あはは、言ってなよ。作戦が甘かったんじゃない? いまさら何言ったって所詮は負け犬の遠吠えってやつ」
何も言い返せなかった。
大雅はうららに委ねるばかりで、そのうららは自身の能力を過信した。
どこかで冬真を侮っていたのかもしれない。
「さあ、次はきみの番だ。これで何回目のリセマラかな」
「……させねぇよ。舐めんな」
大雅は器用に腕をよじり、律の腕を抜け出すと同時に彼を突き飛ばす。
うららは冬真の手に落ちてしまったが、人質である以上、殺されることはないだろう。
そう考えると吹っ切れた。全力で抵抗し、逃げられる。
「強がりもほどほどにね。どうせ、きみにできることなんてないんだから」
その言葉を受け流しつつ、大雅はうららを窺った。
隙があればテレパシーで絶対服従の術を解除したかったものの、どうやらそんな余裕はないらしい。
「うらら、大雅を捕まえて」
冬真が命じると、彼女は動き出した。
先ほど冬真にしたように、今度は大雅に向かって両手をかざす。
「ご、ごめんなさい、桐生さん……。身体が勝手に────」
戸惑いと動揺に明け暮れた。
意思とは無関係に、身体が言うことを聞かない。
うららのてのひらから大雅までの軌道が歪んだ。薄い紫色の細かな電光が走る。
「くそ……」
大雅は勢いよく地を蹴った。
軌道から逸れるべく走り続けるが、一度逸れても次から次へと磁場に吸い込まれてらちが明かない。
「さっさと諦めなよ。いつまで逃げ続けるつもり?」
腕を組んだ冬真が嘲笑する。
いくら身体能力の高い大雅でも限界があった。息を切らせながら肩で呼吸する。
「うるせぇな……。そっちこそやべぇんじゃねぇか? 反動で死んじまうぞ」
「ご忠告どうも。その前にきみを捕まえるから安心して」
させてたまるか、と身構えたものの、ふいに感じた背後の気配にはっとして振り返る。
そこには、能面のような律が立っていた。
そのとき、うららが金切り声で叫んだ。
「逃げて! お願い、避けて!」



