寒々しく凍てついた心が溶かされていく。

 そこに蔓延っていた恐怖や不安、その裏返しの虚栄心が霧散していく。

 瑠奈の瞳がゆらゆらと揺れた。がく、と地面に膝をつく。

「ごめん……、ごめんなさい……」

 (くう)を見つめ、うわ言のように繰り返した。唇の隙間から言葉が勝手にこぼれ落ちる。

 ぽたぽたと雫が頬を伝い落ちた。

 どうすれば良かったのだろう。ルールに従う以外、どうすれば生き残る可能性を見出せたのだろう。

 本当はとっくに分かっていた。人殺しが悪だということなど、最初から知っている。

 それでも必死で正当化し、手を汚した。自分のためだけに誰かの命を奪い、蔑ろにした。

 間違っているのは重々承知している。

 如何なる事情があれど、瑠奈のしたことは許されないのだ。

「ごめんね……!」

 瑠奈の利己的な一存で命を奪った和泉と慧に、心の底から謝罪した。

 今さら後悔し、懺悔したところで二人は生き返らない。瑠奈の罪は消えない。

 それでも、それを自覚するのとしないのとでは大いに異なる。さらには、省みることに意味がある。

 小春は沈痛な面持ちで瑠奈を見やった。憑き物が落ちたように感じられる。

 無論、瑠奈の態度や言葉のすべてを信用することは出来ない。それでも、信じたいと思った。



 先に小春が教室へ戻ると、入るなり蓮が歩み寄ってきた。

「大丈夫か? 瑠奈と出て行っただろ」

「あ、うん。でも今回は私が呼んだの」

 以前のように無理矢理連れ出されたのではない。

 小春の返答に蓮は訝しむような表情を浮かべた。

「何のために?」

「預かり物を返したんだよ。それと────」

 そこまで言いかけたとき、本鈴が鳴った。重く沈んだような顔をした担任が教室へ入ってくる。

 突然の慧の死に衝撃を受けたのだろう。

「……ごめん、またあとで」

 小春と蓮はそれぞれ席についた。全員が着席したが、慧と瑠奈の席は空いていた。

 瑠奈はまだ屋上に残っているようだ。さすがに今は戻れないだろう。

「……皆に悲しい知らせがある」

 担任は普段とは異なり、鬱々とした声色で言った。ただならぬ事態を察したクラスメートたちは静まり返る。

「先週の金曜日、望月が亡くなった」

 琴音は目を閉じた。

 不意にあふれそうになる感情を抑え、自身を落ち着ける。

 小春は眉を下げて俯き、蓮も目を伏せた。

 教室の中に、囁くような戸惑いが広がっていく。突然の訃報は、現実感など微塵も持ち合わせていなかった。

 小春たちも、彼の遺体を直接目にしていなければ、信じられなかっただろう。

(そういや、慧の遺体って……)

 蓮が思いを馳せたとき、クラスメートの一人が口を開いた。

「何で亡くなったんですか?」

「詳しくは分からない。事件と事故、両面の可能性を見て捜査中とのことだ」

 担任の言葉に小春は思う。

 恐らく和泉のときのように、ろくに結論も出ないうちに、未解決事件として早々に幕を下ろされる羽目になるのだろう。