週明けの月曜日、朝のホームルームが始まる前に、小春は教室から瑠奈を連れ出した。

 瑠奈は学校を休んでしまおうかとも思ったが、琴音の魔法の前では、学校にいても家にいても同じことだと諦めて登校した。

 どうせ逃げられない。むしろ学校の方が、人がいるために安全かもしれない。

 屋上へ出た小春は、青白い顔の瑠奈を振り返った。

「これ、返すね」

 鞄から取り出したステッキを差し出す。緩やかな風がリボンを揺らした。

 瑠奈はステッキからしか魔法を繰り出せない、というわけではなかったと判明した今、小春がこれを預かっている意味はない。

 瑠奈は黙り込んだまま、小春からステッキを受け取る。

「瑠奈」

 小春は硬い声でその名を呼んだ。

 慧や琴音のことを思うと、瑠奈を前にしたら冷静ではいられなくなると思っていた。

 だが、瑠奈が何かに消沈しているお陰か、感情を必死で抑え込む必要はなかった。

 それでも、言いたいことがある。

「望月くんにしたことは私も許せない。もう二度と、あんなふうに誰かを殺したりしないで欲しい」

 逆上されることも覚悟したが、彼女は俯いたまま小刻みに震えているだけだった。

 その耳に小春の声が届いているのかどうかも怪しい。さすがに訝しみ、眉を寄せる。

「どうしたの……?」

 瑠奈は小さく呟くように答える。

「あたし、殺される……」

 慧を手にかけた罪の意識よりも今は、差し迫った自身の命の危険の方が気にかかっているようだ。

 小春の表情が曇った。

 瑠奈は琴音に復讐されることに怯えているのだろう。

「あたしが悪いのは分かってる。あたしが望月くんを殺したから……。ううん、望月くんだけじゃないね。和泉くんもそう」

 短く息を吸った瑠奈は、泣きそうな声で捲し立てた。

 がっ、と小春の上腕を掴み、必死に訴えかける。

「でも、あたしは死にたくないの。死にたくないだけなの!」

 不条理なゲームがもたらす、死への恐怖────それは小春にもよく理解出来る。

 瑠奈はあくまでルールに従っただけなのだろう。

 唯一の生存者となるため、他の魔術師を殺した。このゲームにおいては正義だ。

 小春は痛切な瑠奈の双眸を捉えた。

 やるせない思いが怒りに変わる。

 その矛先が向く相手は、やはり瑠奈ではなく運営側だ。

「……大丈夫。私が守るから」

 小春の言葉に瑠奈の力が緩んだ。小春はその両肩に手を置き、しっかりと目を見据える。

「勿論、どんな理由があっても瑠奈のしたことが許されるわけじゃない。さっきも言ったけど、私も庇うつもりはないよ」

 守るというのは、彼女の行為を肯定するという意味ではない。

「でも、敵は魔術師じゃないから。恨み合ったり殺し合ったりしてちゃ駄目なの。悪いと思うなら、もう二度と誰も殺さないで」

 瑠奈は小春の言葉の意味を完全に理解し、把握出来たわけではなかった。

 敵が魔術師でないのなら、何だと言うのだろう?

 しかし、小春がどんな気持ちで自分にそう話してくれたのか、それは推し量ることが出来る。

 一度は小春のことも害そうとしたのに、彼女は“守る”とまで言ってくれた。