解散の流れになり、帰路についた大雅は振り返る。少し後ろを瑠奈と律がそれぞれ歩いている。
既に星ヶ丘高校からは離れており、冬真の目もここまでは届かないだろう。
大雅は素早く引き返し、律の前に立った。
「何だ」
「……埃がついてる」
訝しむ律の肩に触れる。十秒が経過した。
律の瞳が翳ったのを見た瑠奈は、さっと青ざめる。
この光景は見たことがある。小春にしたように、律を操るつもりなのだ。
信じられないような気持ちで大雅を凝視する。
「まさか、記憶が戻って……?」
「どうだろうな」
次に彼が何をしようとしているのかを察し、瑠奈はいち早く逃げ出そうとした。
律を利用し、瑠奈の記憶を操作する気だ。
しかし、大雅はすぐさま瑠奈の腕を掴み、背後に回り込んだ。両手をまとめ上げる。
「いや! やだ、離して!」
記憶を消されるかもしれない、という恐怖から、瑠奈は必死で抵抗した。
しかし、当然ながら力で敵うはずもなく、叫び声だけが虚空に吸い込まれる。
操作された律は瑠奈の頭に触れた。
琴音の魔法を封じる方法含め、先ほどの会話の記憶の中で不都合に当たるところを部分的に消去する。
そして現在の、大雅が律を操り、瑠奈に記憶操作を行った記憶も消しておく。
律が瑠奈から手を離すと、彼女は電池が切れたように大人しくなった。大雅も離れる。
「どうしよう……、殺される……」
瑠奈は震える声で呟いた。屋上へ現れたときの様子へと逆戻りしていた。記憶の操作は成功と言える。
おぼつかない足取りで瑠奈が歩き去ると、大雅は律の操作を解いた。
割れるような頭痛と溺れたような息苦しさをひた隠しに、努めて平静を装う。
「ん? 俺……」
律は戸惑ったように視線を彷徨わせた。
何だか妙な感覚だ。一瞬、意識が飛んでいたような────。
「どうかしたのか?」
「……いや、別に」
あっけらかんとして涼しい顔で尋ねる大雅に、律は反射的にそう答えた。
「そっか。じゃ、俺こっちだから」
「ああ……」
違和感に首を傾げる律と別れ、大雅は角を曲がる。
その瞬間、塀に手をつき咳き込んだ。喉や内臓が焼けるように熱い。
ぎゅ、と掴んだ胸元のシャツに皺が寄る。動悸と苦しみが伸し掛る。
自分は琴音に、この倍の苦痛を強いてしまった。大雅自身の本意でなかったとはいえ。
琴音や慧、他の仲間たちにしたことへの罪滅ぼしだと思い必死に反動に耐える。罰だとしたら、全然足りないが。
大雅は呼吸を整えながら、血のついた口元を拭った。