「……ごめん。それは、いまは言えない」
小春はきっぱりと告げた。
言えば、反対されるに決まっている。
アリスは不服そうな表情を浮かべた。じと、と懐疑の眼差しを寄越す。
「ほんまに考えとかあるんやろな? この場しのぎのでまかせちゃうよな?」
「ある……! それは信じて」
小春は思わず半歩踏み出しつつ、まっすぐアリスを見据えた。
「まあまあ。そのうち聞かせてくれるんだろ?」
蓮の言葉に頷くと、彼も「ん」と頷き返してくれる。
「じゃあもうこの話は終わりな。で、瑠奈の話に戻るけど……俺は小春に賛成」
彼は毅然と続ける。
「小春の意見だからってだけじゃねぇぞ。現状、瑠奈は冬真側にいるわけだろ。その瑠奈がこっちにつくなら、冬真たちと和解する足がかりになるかも」
考えるように目を伏せていた琴音は、ややあって顔を上げた。
「わたしも……同意よ」
決して無理やり自分を納得させたわけではなかった。
瑠奈を殺すことだけが復讐ではない。慧の遺志を無駄にはできない。
「琴音ちゃん……」
小春が驚きをあらわにすると、彼女は微笑み返した。
儚いながらも強気なその表情には、様々な葛藤を経た清々しさのようなものが含まれていた。
「前提として、瑠奈にそこまでの価値があるのかは疑問だけど、小春や向井の言うことにも一理あると思うわ」
瑠奈を人質にするにしても、全面的に受け入れるにしても、冬真たちと交渉する材料になる。
蓮が言ったのはそういう意味だ。
「そう容易くないやろなぁ。あの如月冬真と和解なんて」
小春は表情を引き締める。
そんなことは百も承知だ。だけど、いずれなさなければならないことである。
運営側に挑むことも、冬真の脅威を退けることも、一筋縄ではいかない。
それでも、やるしかない。
「……わたしは諦めないよ」
◇
傾いた太陽が街をオレンジ色に染め上げる。
病院の屋上のアスファルトに影が伸びていた。
独自に改造したゴスロリ風の制服をまとう、小柄な少女が佇んでいる。
その左手首に巻かれた包帯と比べても遜色がないほど、彼女の肌は色白い。
【名花でまたひとり……】
少女の指先が言葉を紡いでいく。
風の噂で聞いた────名花高校の男子生徒が、背中に石弾を撃ち込まれて死亡したとか。
【皆殺しって本当に何だったの……? 魔術師はほかのクラスにもほかの学校にもいるのに】
SNSにそう書き込んだものの、投稿はエラーが起きて一瞬で削除されてしまった。
「はぁ……」
ため息をつくと、ポケットからカッターナイフを取り出す。
その一連の動作は手馴れていて迷いがなかった。
刃を押し出し、躊躇なく左手首に当てる。
力を込めようとした瞬間、誰かが少女の手に触れた。



