声のした方を向けば、小さなアリスが塔屋の上に腰を下ろしていた。
本当に彼女は神出鬼没だ。普段もこんなふうに情報収集をしているのだろう。
「仲間にとまでは言わないけど……協力、できないかな」
小春はおずおずと控えめに言った。率直に言えば、琴音の反応が怖かった。
慧の一件で瑠奈に憤っているのは全員同じだけれど、特に彼女はその根が深いように思える。
「あんた、ほんまにどこまでお人好しなん? 瑠奈の本性なら、身をもって思い知ったんとちゃうんか?」
琴音が何かを言う前に、アリスが呆れたように笑う。
河川敷へ誘い出され、石化しかけたときのことを言っているのだろう。
どうして知っているのか、なんて考えるのはもはや野暮だ。
「それは、でも……」
「命が懸かってんねんで? 涙くらい、いくらでも流すわ。ころっと騙されて、あいつの思うつぼやん」
容赦なく小春の甘さを批難した。
そんな純粋な優しさは、このゲームにおいては自身を滅ぼす隙を生むだけだ。
「馬鹿正直に他人のこと信用しすぎや」
ここまででも散々、人の悪意に触れてきたはずなのに、どうしてそうも信じる気になるのか分からない。
言い返す言葉もなく、小春は黙って俯いた。
明確な根拠なんて何もない。
それでも、瑠奈の涙と懺悔がすべて嘘だとは思えない。
小春は知っている。……瑠奈は、そんなに強くない。
だからこそ彼女はゲームに飲まれ、冬真に利用された。
和泉や慧への仕打ちは、自身の弱さが具現した結果だ。
だけど、そんな小春の主観による説得をしてもアリスは納得なんてしないだろう。
「……おまえはどうなんだよ」
それまで黙って聞いていた蓮が、険しい表情でアリスに言った。
彼女は「何が?」とでも言いたげに首を傾げる。
「おまえが最初、どうやって俺たちのとこに来たのか忘れたのかよ?」
「…………」
「ほかの奴は拒絶したけど、小春が真っ先に受け入れたんだろ。おまえが言う“馬鹿正直”さに救われたんじゃねぇのか? じゃなきゃ、おまえはいまも独りだったかもしれねぇぞ」
アリスが全面的に否定した小春の純粋さと優しさを、蓮は逆にすべて肯定した。
時に危なげで心配になるものの、それでこそ小春だと思わせてくれる彼女の性分だ。
小春は顔を上げ、蓮を見やった。
ぶっきらぼうで不器用だけど、いつも彼は優しい。
真っ先に心を救ってくれる。
「……そうね。珍しくいいこと言うじゃない、向井」
「珍しく? いつもだろ」
くす、と笑った琴音に、蓮はあっけらかんとして返した。
「なら、せめて小春の言う“考え”が何なのか教えてや! いつまで待てばいいのか、はっきりしてくれんと」



