「…………」

 小春は沈痛な面持ちで彼女を見やった。
 ()きものが落ちたように感じられる。

 もちろん、その態度や言葉のすべてを信用するべきじゃないのだろう。
 だけど、信じたいと思った。



 ────昼休みになると、いつものように屋上へ出た。

 蓮は神妙な表情で、慧が横たわっていた位置を見つめる。

 血が染みているかもしれないが、黒ずんだアスファルトと同化して分からない。

 彼の死は今朝のホームルームで担任から伝えられ、全員で黙祷(もくとう)を捧げたところだ。

 ────あのとき、閃光(せんこう)とともに慧の遺体は()()()

 一瞬の出来事だった。
 あまりの眩しさに目を瞑った隙に忽然(こつぜん)と消えてしまったのだ。

 週が明けてみたら、その死が周知の事実になっていた。
 運営側が何らかの措置(そち)を施したにちがいない。

 もしかしたら、和泉も最終的にはああして消されてしまったのかもしれない。

『みんな、聞いてくれ』

 唐突に、それぞれの頭の中に大雅の声が響いてきた。

『冬真が、右手を封じれば琴音の異能は使えないってことに気づいた』

 琴音は険しい表情になった。高架下で勘づかれたのだ。

『あいつは瑠奈に、琴音の右手を石化するように言ってた。一応、俺が律を利用してその記憶を消しといたけど、記憶操作は完璧じゃねぇから、何かの拍子に思い出しちまうかも』

 小春は思い返した。

 記憶を改竄(かいざん)された大雅が冬真の命令で動いていたとき、ふいに記憶を取り戻していた。

 何がきっかけになったのかは分からないけれど、ああいうことが起こりうるわけだ。

『気をつけてくれ』

「ええ、分かった。ありがとう」

 顳顬(こめかみ)に人差し指を添え、琴音は告げた。

「ねぇ、大雅くん。大丈夫なの?」

 口をついて小春は言う。

 あんな目に遭っても、冬真のもとに留まり続けるつもりなのだろうか。仲間のために。

『……ああ、いまのところはな。心配いらねぇよ』

 大雅も小春の案ずるところは重々承知していたが、いまは離れるわけにいかなかった。

 琴音の顔も割れてしまい、ほかの仲間たちもいつ狙われるか分からないのだ。

 だからこそ彼らのもとに留まって、危機を事前に警告する。
 その役目を負えるのは自分しかいない。

 それから、隙を見て再び律を操作し、今度は冬真の記憶を部分的に消したい。
 そんな密かな目的もあった。

 彼の野心や敵意を忘却(ぼうきゃく)させられれば、安全を確保できるはずだ。

「……大雅くんも気をつけてね」

『おう、サンキュ』

 その意思は固く、信じて任せるほかになかった。

「……なあ、小春。今朝、瑠奈と出てっただろ。何ともなかったか?」

 蓮はふと不安気に切り出す。

「あ、うん。大丈夫。ステッキを返したの」

「それだけか?」

「……ううん、少し話した。瑠奈は自分のしたことを反省して、泣きながら謝ってた」

 その言葉に蓮は視線を落とし、琴音は眉をひそめる。

「だからって簡単に許せはしないけど、憎んで敵対し続けるのがいいとは思えないんだ。それだと、琴音ちゃんもずっと危ないままだし」

「────まさか、瑠奈も仲間にしよう、なーんて言い出さんよな?」