「お姉ちゃんは、何にも悪くない。悪くな
いから、泣かないで。わたしも……そうする。
お姉ちゃんが安心していられるように、頑張
るから。だから……」

 言ってぎこちなく笑みを作ると、水面の光
が散り始めた。ぱぁ、と散らばってゆく光り
の中で姉が小さく頷く。その瞳はまだ涙に揺
れていたけれど、微かに頬が緩んでいたよう
に思えたのは古都里だけだろうか?

 空に還るように光が天井に散ってゆくと、
点滅していた照明が元の明るさを取り戻し、
やがて水盤はただの水を湛えたそれになった。

 古都里ははっと我に返り、隣にいる右京の
顔を覗く。彼は目を細め、うっすらと笑みを
浮かべている。その瞳が何を言わんとしてい
るのか悟った古都里は、面映ゆい表情をした。

 「何か、あっという間だったけど、姉と話
せて良かったです。本当に、ありがとうござ
いました」

 ぴんと背筋を伸ばし、頭を下げる。
 こんな礼の言葉だけでは足りないと思いつ
つも、いまはそんな言葉しか見つからない。

 右京は真っ暗になった水盤に目を落とすと、
撫でるように水面に手を翳した。

 「死別の悲しみは、亡くなった者との縁が
この世限りのものであると思い込むから深く、
終わりがなくなるのじゃ。愛する者と幽明堺(ゆうめいさかい)
(こと)にする※のは一時のことで、実は心の内
まで見透かされるほど傍にいるというのに、
そのことに気付けないから終わりのない悲し
みに苦しみ続ける。他界した者を安心させて
やりたければ前を向いて生きるより他はない。
こちらの皆が幸せに生きて、時に思い出して
やることが何よりの供養。そのことが主に伝
わればと思ったのじゃが……」

 右京が水盤から古都里へと視線を移すので、
古都里は含羞んで頷く。向けられた眼差しは
どこまでも深くやさしいのに、どうしてか瞳
の奥に切なさが垣間見えて、古都里は胸が苦
しくなってしまう。

 その理由を手繰れば、彼も愛する妻を亡く
しているからなのだと気付く。おそらくは、
この水盤を使って彼も亡き妻と想いを通じて
いるのだろう。そう思えば、なぜか胸が締め
付けられるように苦しくて仕方なかった。

 古都里は無意識の内に手を握り締め、俯い
てしまった。亡くなった奥さんのことを訊ね
てみたいと思う気持ちと、訊きたくないと思
う気持ちが拮抗している。黙ったまま俯いて
いると不意に温かな手が古都里の頬に触れた。

 「どうした?何を考え込んでおるのじゃ」

 右京の手の甲が、指が、頬を撫でてゆく。

 その温もりに意味なんかないのだと思えば
遣り切れず、古都里は無言のまま首を振った。


※死別して、あの世とこの世に分かれること。