燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~

 「久しぶりね。元気にしてた?ちょっと、
ふっくらしたように見えるけど」

 「うん、元気にしてた。って、嘘。わたし、
太ったかな???」

 母親に言われ、古都里は慌てて両手で頬に
触れる。狐月と延珠が腕に縒りをかけて作っ
てくれる料理はどれも美味しく、いつもつい
食べ過ぎてしまう。むに、と、ほっぺたの肉
を摘まんで見せると、母は小さく首を振った。

 「それくらいがちょうどいいわよ。若くて
肌に張りがあって、健康的で」

 穏やかに言うと、外したエプロンをダイニ
ングテーブルの椅子に掛ける。古都里も椅子
にキャンバスバッグを置くと、窺うように母
の顔を覗いた。

 「さっき、電話で伝えたお母さんの訪問着。
本当に使っていいかな?今日、持って帰れそ
う?」

 「ええ、大丈夫よ。箪笥から出して陰干し
しておいたから使いなさい」

 「ありがとう。助かる」

 母のその言葉に古都里は、ほっと胸を撫で
おろす。実は、延珠と小雨の小競り合いを仲
裁したあと、狐月に言われたのだ。

 もし、実家に古都里が着られそうな着物が
あったら借りてきて欲しいと。

 その理由は、演奏会に参加するほとんどの
お弟子さんが着物を着て参加するからという
もので。男性は皆、揃いの行燈袴を持ってい
るらしく、古都里は「ああ」と、出会った時
の右京の袴姿を思い起こした。

 「もちろん、着物を持っていらっしゃらな
いお弟子さんもいるので、無理にとは言いま
せんが。着付けは姉上が出来るのでご用意で
きるのであれば、ぜひと思いまして」

 「わかった。お母さんに電話して聞いてみ
るね」

 古都里はさっそく母に連絡し、自分が着ら
れそうな着物があるかどうかを確認した。

 すると事の次第を聞いた母は、娘二人のお
宮参りに着た訪問着が丁度いいだろうとすぐ
に用意してくれたのだ。電話口の母が柔和だ
ったこともあり、古都里は幾分気持ちを楽に
しながら、チケットを手に家に帰ることが出
来たのだった。

 「いま二階から持ってくるから、ちょっと
待ってなさい」

 「うん。じゃあわたし、お姉ちゃんにお線
香あげてるね」

 キッチンを出て階段を上がってゆく母を見
送ると、古都里は仏間に向かった。






 久しぶりに足を踏み入れたその部屋は、姉
が溢れていた。

 「ただいま、お姉ちゃん」

 古都里は、写真の中のたくさんの姉に目を
細めると、ピンクや淡いオレンジの花々が飾
られた仏壇の前に正座した。

 少しひやりとした部屋の空気を吸いながら
居住まいを正し、蝋燭に火を灯す。線香を火
に翳すと橙色の炎がゆらりと揺れ、炎の先が
僅かに青みがかる。古都里は降り積もった灰
の中にそっと線香を横たえると、静かに手を
合わせた。