燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~

 「あれ?荷物が届いてる」

 温かな陽射しが射し込むリビングに足を踏
み入れると、脚と幕板に彫刻が施された和風
の座卓テーブルに段ボールが置かれていた。

 古都里は小雨を下ろして段ボールの宛名を
確認する。差出人は印刷会社の名で、品名の
ところには『プログラム・チケット』と書か
れている。

 「ああ、もしかして……」

 その言葉に思い当たることがあって一人頷
いていると、背後から狐月の声が聴こえた。

 「演奏会のプログラムとチケットが出来上
がりましたよ、古都里さん」

 振り向けば昼食の支度を終えたらしい狐月
と延珠がこちらにやってくる。

 古都里は、相変わらず冷えた視線を投げか
けてくる延珠に居心地の悪さを感じながらも、
狐月が開けてくれた段ボールを覗いた。

 「うわぁ、凄い。たくさん入ってるね」

 あの日と同じ黄緑色のそれらを見て思わず
破願する。倉敷市民会館の大ホールは、一階、
二階合わせて千八百人ほどの観客が入れると
いうから、これくらいたくさん印刷しないと
足りないのだろう。狐月は茶色いクラフト紙
の帯をピリリと破ると、きっちりと敷き詰め
られたプログラムとチケットを二枚ずつ取っ
て古都里に渡してくれた。

 「えっ、貰っていいの?」

 反射的にそれを受け取った古都里に、狐月
はにっこりと頷く。

 「はい。お弟子さんのご家族は二名まで入
場無料なんです。なので、これは古都里さん
のご家族の分ということで」

 その言葉に、古都里は二つ折りのプログラ
ムを開いてみる。中は午前と午後の部に分か
れて曲目が記されていて、その隣には出演す
る会員の名がフルネームで載っている。古都
里は入会して間もないこともあり、既に修得
済みの『八千代獅子』を午前の部で、そして
最終曲の『蒼穹のひばり』を弾くことになっ
ていた。

 「何か嬉しい。わたしの名前が載ってるね」

 当たり前のことを言って自分の名前を指で
なぞる古都里に、狐月は笑みを深める。

 「これは右京さまからのご伝言なのですが。
良かったら今夜にでもそのチケットを渡しに
ご実家に足を運ばれてはどうかと。ここに来
てからずっと、ご両親にお顔を見せていない
ようですし、演奏会のお誘いも兼ねてあちら
で夕食を取られてみてはどうでしょうか?も
ちろん、お母さまのご都合が悪ければ夕食は
いつも通りこちらで取ることも出来ますが」

 心の内を覗くように狐月が顔を見るので、
古都里は返事に困り目を伏せてしまう。

 姉の死後、ぱったりと箏に触れなくなって
しまった母。その母に、演奏会に出るから観
に来て欲しいと、自分は愉しくやっているの
だと、喜々として語ってもいいのだろうか?

 きっといまも、母は姉という光を失ったま
ま、笑うことさえ出来ずにいるに違いない。

 「うーん、どうしようかな。親を呼ぶこと
なんて、ぜんぜん考えてもみなかった。チケ
ット渡しても来てくれないような気がするし」

 母のやつれた顔を思い浮かべながら力なく
言う。と、意外な声が古都里の背中を押して
くれた。