その返事に会心の笑みを漏らすと、古都里
はすねこすりに言った。
「良かったね、このお家に置いてくれるっ
て。あっ、でも皆と一緒に暮らすなら名前が
必要だね」
「ワシの名は『すねこすり』じゃが」
「うん。でも、すねこすり君だとお弟子さ
んたちも首を傾げちゃいそうだし」
ちょこん、と目の前に座っているあやかし
を見ながら、古都里は思案する。
すねこすりは雨の日に出現し人の歩みを妨
げるあやかしだ。ならば、『雨』に関係する
名前がいい気がする。
「うーん、霧雨、時雨、穀雨じゃ可笑しい
よねぇ。じゃあ……」
古都里はぶつぶつと呟きながら、空に掌を
かざした。ごくごく小さな雨粒が掌を濡らす。
――気付けばまた、小雨が降っている。
「……あ、小雨。小雨君はどうかな?」
ぱぁ、と目を輝かせてそう言うと、すねこ
すりは小さな顎を動かし頷いた。
「ふむ、なかなか良い名じゃな。そう呼ぶ
ことを許してやるぞ」
「ふふ、じゃあ小雨君で決まりね」
相変わらず不遜な態度でそう言った小雨を、
古都里は抱き上げる。雨に濡れた毛は冷たか
ったけど、小雨は満更でもない顔をして小さ
な尻尾を振った。
「小雨か。ツンデレなあやかしが一匹増え
て、また賑やかになりそうだね」
右京がそう言うと、小雨は『一匹』という
表現が気にくわなかったのか、ぶるぶると体
を震わせた。瞬間、水しぶきが飛び散る。
「きゃっ!」
「うわっ!」
顔にしぶきがかかって、二人は目を瞑った。
そうして、ゆっくり目を開けて顔を見合わ
せるとどちらともなく笑みを零したのだった。
「あら、村雨先生。ペットを飼い始めたん
ですか?」
さっそく、お稽古に訪れたお弟子さんが廊
下の隅をトコトコ歩いている小雨を見つけて、
目を丸くする。古都里は、犬にも見えず、猫
にも見えない中途半端な小雨を抱き上げると、
「はい」と朗笑した。
「昨日からこの家で暮らすことになった、
小雨君です。よろしくお願いします」
「小雨君、可愛いわね。三毛猫みたいな柄
をしてるけど、でも猫にしては耳が大きい気
がするし、もしかして、わんちゃんかしら?」
不思議そうな顔をしてお弟子さんが小雨の
顔を覗く。小雨は困ったように古都里の顔を
窺うと、小さな声で鳴いた。
「……わ、わん」
「あら、やっぱりわんちゃんなのね。とっ
ても可愛いわ。犬種は何になるのかしら?」
屈託のない笑顔で小雨の頭を撫でながらお
弟子さんが訊く。古都里は、「雑種かなぁ?」
と惚けながら、あはは、と笑ってごまかした。
「じゃあ、小雨君。また後でね」
「わ、わん」
お弟子さんは小雨が犬だと信じて、右京の
待つ二階へ上がってゆく。古都里は、ほぅ、
と胸を撫でおろすと、小雨を抱きかかえたま
ま掃除機を掛けにリビングへと向かった。
はすねこすりに言った。
「良かったね、このお家に置いてくれるっ
て。あっ、でも皆と一緒に暮らすなら名前が
必要だね」
「ワシの名は『すねこすり』じゃが」
「うん。でも、すねこすり君だとお弟子さ
んたちも首を傾げちゃいそうだし」
ちょこん、と目の前に座っているあやかし
を見ながら、古都里は思案する。
すねこすりは雨の日に出現し人の歩みを妨
げるあやかしだ。ならば、『雨』に関係する
名前がいい気がする。
「うーん、霧雨、時雨、穀雨じゃ可笑しい
よねぇ。じゃあ……」
古都里はぶつぶつと呟きながら、空に掌を
かざした。ごくごく小さな雨粒が掌を濡らす。
――気付けばまた、小雨が降っている。
「……あ、小雨。小雨君はどうかな?」
ぱぁ、と目を輝かせてそう言うと、すねこ
すりは小さな顎を動かし頷いた。
「ふむ、なかなか良い名じゃな。そう呼ぶ
ことを許してやるぞ」
「ふふ、じゃあ小雨君で決まりね」
相変わらず不遜な態度でそう言った小雨を、
古都里は抱き上げる。雨に濡れた毛は冷たか
ったけど、小雨は満更でもない顔をして小さ
な尻尾を振った。
「小雨か。ツンデレなあやかしが一匹増え
て、また賑やかになりそうだね」
右京がそう言うと、小雨は『一匹』という
表現が気にくわなかったのか、ぶるぶると体
を震わせた。瞬間、水しぶきが飛び散る。
「きゃっ!」
「うわっ!」
顔にしぶきがかかって、二人は目を瞑った。
そうして、ゆっくり目を開けて顔を見合わ
せるとどちらともなく笑みを零したのだった。
「あら、村雨先生。ペットを飼い始めたん
ですか?」
さっそく、お稽古に訪れたお弟子さんが廊
下の隅をトコトコ歩いている小雨を見つけて、
目を丸くする。古都里は、犬にも見えず、猫
にも見えない中途半端な小雨を抱き上げると、
「はい」と朗笑した。
「昨日からこの家で暮らすことになった、
小雨君です。よろしくお願いします」
「小雨君、可愛いわね。三毛猫みたいな柄
をしてるけど、でも猫にしては耳が大きい気
がするし、もしかして、わんちゃんかしら?」
不思議そうな顔をしてお弟子さんが小雨の
顔を覗く。小雨は困ったように古都里の顔を
窺うと、小さな声で鳴いた。
「……わ、わん」
「あら、やっぱりわんちゃんなのね。とっ
ても可愛いわ。犬種は何になるのかしら?」
屈託のない笑顔で小雨の頭を撫でながらお
弟子さんが訊く。古都里は、「雑種かなぁ?」
と惚けながら、あはは、と笑ってごまかした。
「じゃあ、小雨君。また後でね」
「わ、わん」
お弟子さんは小雨が犬だと信じて、右京の
待つ二階へ上がってゆく。古都里は、ほぅ、
と胸を撫でおろすと、小雨を抱きかかえたま
ま掃除機を掛けにリビングへと向かった。



