もちろんこの話はあくまで『伝説』なので、
その温羅という鬼が飛炎の言っていた鬼のあ
やかしではないのだろうけど。
時折り耳に触れる右京の肩にどきどき鼓動
を鳴らしながら、現実逃避をするように考え
ていると、右京は平然と言ってのけた。
「雷光はこの地で語り継がれている『温羅』
なんだ。岡山ではあまりに有名な話だから、
古都里さんも良く知っていると思うけど」
「雷光さんが温羅!?あの桃太郎伝説って、
言い伝えじゃなかったんですか???」
あまりに驚き過ぎて、古都里は喰いつくよ
うに右京に顔を寄せる。瞬間、息がかかりそ
うなほど右京の顔が近くにあることに気付き、
古都里は慌てて下を向いた。
「すっ、すみません。わたしったら大きな
声出しちゃって」
雨水が染み始めたスニーカーの先を見つめ、
古都里はか細い声で言う。すると、くすりと
右京が笑う気配がして、穏やかな声が耳に届
いた。
「いいや。温羅が現実に存在するなんて聞
けば誰だって驚くよね。実はあの伝説の半分
以上は実話で、彼は確かに吉備津の人々を困
らせた邪鬼なんだ。でもとっくの昔に改心し
ていてね、いまは人と生活を共にしているよ。
彼は美観地区にある『みはし堂』っていう店
で、みたらし団子を焼いて売ってる」
「鬼が団子を売ってるんですか?それって
なんか面白いですね」
昔話の桃太郎を度外視するような意外な顛
末に、古都里は思わずくすくすと笑う。本来、
きび団子を配って歩くのは桃太郎のはずなの
に、現実世界では鬼の温羅がみたらし団子を
焼いて売っているのだ。いったい彼はどんな
鬼なのだろう?
その姿を想像して一人笑いした、その時だ
った。雨の中を歩く古都里の足の間を、突然
“何か”がすり抜けたので、古都里は転びそう
になってしまった。
「ひゃっ!?」
「危なっ……」
何かに躓き、前につんのめりそうになった
古都里を右京が咄嗟に支える。右京の腕にし
がみつき、頬を赤らめて「すみません」と言
った古都里の足の脛を、まだ“何か”が擦るよ
うにして八の字にくぐっている。
――もしかして、野良猫だろうか?
そう思いながら足元に目をやった古都里は、
次の瞬間、素っ頓狂な声を上げた。
「えっ?なになに、何なのこの子は???」
くるくると、八の字を描きながら古都里の
足の間を歩いている、犬のような猫のような
まるっ、っとした獣。一見、子犬のようにも
見えるけど体を覆うふさふさとした毛は三毛
猫のように赤、白、黒の三色の模様に分かれ
ていて、尻尾はちょこんと短い。
――いったい犬か猫、どちらなのだろう?
その疑問を言外に込めて右京を見上げると、
彼はやれやれと肩を竦めた。
「それは犬でも猫でもないよ、古都里さん。
今日みたいな雨の日に現れる、『すねこすり』
というあやかしなんだ」
「あやかし!?この子が、ですか?」
「そう。人の歩みを邪魔するだけで特に悪
さはしないあやかしなのだけど。やっぱり出
たか。まだ昼間だし、明るいから出ないだろ
うと思っていたのだけどね」
その温羅という鬼が飛炎の言っていた鬼のあ
やかしではないのだろうけど。
時折り耳に触れる右京の肩にどきどき鼓動
を鳴らしながら、現実逃避をするように考え
ていると、右京は平然と言ってのけた。
「雷光はこの地で語り継がれている『温羅』
なんだ。岡山ではあまりに有名な話だから、
古都里さんも良く知っていると思うけど」
「雷光さんが温羅!?あの桃太郎伝説って、
言い伝えじゃなかったんですか???」
あまりに驚き過ぎて、古都里は喰いつくよ
うに右京に顔を寄せる。瞬間、息がかかりそ
うなほど右京の顔が近くにあることに気付き、
古都里は慌てて下を向いた。
「すっ、すみません。わたしったら大きな
声出しちゃって」
雨水が染み始めたスニーカーの先を見つめ、
古都里はか細い声で言う。すると、くすりと
右京が笑う気配がして、穏やかな声が耳に届
いた。
「いいや。温羅が現実に存在するなんて聞
けば誰だって驚くよね。実はあの伝説の半分
以上は実話で、彼は確かに吉備津の人々を困
らせた邪鬼なんだ。でもとっくの昔に改心し
ていてね、いまは人と生活を共にしているよ。
彼は美観地区にある『みはし堂』っていう店
で、みたらし団子を焼いて売ってる」
「鬼が団子を売ってるんですか?それって
なんか面白いですね」
昔話の桃太郎を度外視するような意外な顛
末に、古都里は思わずくすくすと笑う。本来、
きび団子を配って歩くのは桃太郎のはずなの
に、現実世界では鬼の温羅がみたらし団子を
焼いて売っているのだ。いったい彼はどんな
鬼なのだろう?
その姿を想像して一人笑いした、その時だ
った。雨の中を歩く古都里の足の間を、突然
“何か”がすり抜けたので、古都里は転びそう
になってしまった。
「ひゃっ!?」
「危なっ……」
何かに躓き、前につんのめりそうになった
古都里を右京が咄嗟に支える。右京の腕にし
がみつき、頬を赤らめて「すみません」と言
った古都里の足の脛を、まだ“何か”が擦るよ
うにして八の字にくぐっている。
――もしかして、野良猫だろうか?
そう思いながら足元に目をやった古都里は、
次の瞬間、素っ頓狂な声を上げた。
「えっ?なになに、何なのこの子は???」
くるくると、八の字を描きながら古都里の
足の間を歩いている、犬のような猫のような
まるっ、っとした獣。一見、子犬のようにも
見えるけど体を覆うふさふさとした毛は三毛
猫のように赤、白、黒の三色の模様に分かれ
ていて、尻尾はちょこんと短い。
――いったい犬か猫、どちらなのだろう?
その疑問を言外に込めて右京を見上げると、
彼はやれやれと肩を竦めた。
「それは犬でも猫でもないよ、古都里さん。
今日みたいな雨の日に現れる、『すねこすり』
というあやかしなんだ」
「あやかし!?この子が、ですか?」
「そう。人の歩みを邪魔するだけで特に悪
さはしないあやかしなのだけど。やっぱり出
たか。まだ昼間だし、明るいから出ないだろ
うと思っていたのだけどね」



