「素敵な箏爪を拵えてくださって、ありが
とうございました」
古都里は店の出口に向かいながら隣を歩く
飛炎に、ぺこりと頭を下げた。
手には小さな小さな紙袋がひとつ。
それを、大事そうに握って笑みを浮かべる。
飛炎は二人を振り返った右京と視線を交わ
すと、ゆったりとした笑みを古都里に向けた。
「こちらこそ、お買い上げありがとうござ
いました。次に会えるのは週末の合同練習で
すね。古都里さんの箏の音を聴けるのがいま
から楽しみです。当日はもう一人、十七絃の
奏者で我々の“仲間”でもある雷光を連れて伺い
ますので、賑やかになると思いますが、よろ
しくお願いします」
「えっ、仲間って?もしかして……」
何げなく耳に飛び込んで来たその単語にぴ
たりと立ち止まると、右京が肯定するように
口角を上げる。
「実はもう一人、天狐の森にはあやかしが
いてね。彼は鬼のあやかしだけど、気のいい
奴だから何も怖がることはないよ」
「鬼の、あやかしさん。いいえ、ぜんぜん
怖くないです。お会いできるのが楽しみです」
心底そう思いながら朗笑すると、右京は眩
しそうに目を細めた。そうして店を出ようと
ガラス戸に手を掛ける。掛けた瞬間、「おや」
とガラス戸の向こうを見て声を発した。
「どうやら、降ってきてしまったようだね」
その声に「えっ」と古都里も声を漏らすと、
ガラス戸に張り付き外を覗く。すると確かに、
ごつごつとした石畳は雨に濡れて光り、店の
前に立つ月桂樹の尖った葉先からは、ぽたぽ
たと白い水滴が落ちていた。
「遣らずの雨ですね」
「遣らずの、雨???」
聞き慣れぬ言葉に飛炎を向くと、彼はゆっ
たり目を細める。
「帰る者を引き留めるかのように降り出す
雨のことですよ。いま傘をお持ちしますので、
ちょっと待っていてください」
言うと、飛炎はすたすたと店の奥へ戻って
ゆき、まもなく傘を手に戻ってきてくれた。
けれど彼が手に持って来た傘は、一本。
しかも朱い無地の和紙が鮮やかな、番傘で。
古都里は、和の情緒漂うその傘に目を瞠り、
「きれい」と呟いてしまう。
「これならしっかりとした作りで大きいの
で、二人でも十分入れますよ」
素竹の持ち手と、太くしっかりとした骨組
みが特徴的な番傘を右京に手渡すと、右京は
店の戸を開け、ぱさ、とその傘を雨空に向け
て開いた。傘を手にくるりと古都里を向いた
右京は、朱い和紙を通して落ちた淡紅色の光
にほんのりと染まっていて、まるで人々を古
都に誘うポスターを見ているようだ。
「おいで、古都里さん」
思わずうっとりと見惚れてしまった古都里
に右京が含羞むので、古都里は、びびっ、と
電気が走ったように肩を振るわせ、慌てて右
京の隣に並んだ。
「素敵な傘まで、ありがとうございます」
小袋を手に頭を下げると、飛炎はひらひら
と笑って手を振ってくれる。古都里もにこに
こと手を振り返すと、飛炎の眼差しに背を押
されるようにしながら二人で肩を並べ、雨に
濡れた石畳の路を歩き始めた。
「……出るかも知れないですね。こんな雨
の日は」
遠ざかってゆく二人を見つめながら呟いた
飛炎の声は、大地を濡らす雨音に静かに掻き
消された。
とうございました」
古都里は店の出口に向かいながら隣を歩く
飛炎に、ぺこりと頭を下げた。
手には小さな小さな紙袋がひとつ。
それを、大事そうに握って笑みを浮かべる。
飛炎は二人を振り返った右京と視線を交わ
すと、ゆったりとした笑みを古都里に向けた。
「こちらこそ、お買い上げありがとうござ
いました。次に会えるのは週末の合同練習で
すね。古都里さんの箏の音を聴けるのがいま
から楽しみです。当日はもう一人、十七絃の
奏者で我々の“仲間”でもある雷光を連れて伺い
ますので、賑やかになると思いますが、よろ
しくお願いします」
「えっ、仲間って?もしかして……」
何げなく耳に飛び込んで来たその単語にぴ
たりと立ち止まると、右京が肯定するように
口角を上げる。
「実はもう一人、天狐の森にはあやかしが
いてね。彼は鬼のあやかしだけど、気のいい
奴だから何も怖がることはないよ」
「鬼の、あやかしさん。いいえ、ぜんぜん
怖くないです。お会いできるのが楽しみです」
心底そう思いながら朗笑すると、右京は眩
しそうに目を細めた。そうして店を出ようと
ガラス戸に手を掛ける。掛けた瞬間、「おや」
とガラス戸の向こうを見て声を発した。
「どうやら、降ってきてしまったようだね」
その声に「えっ」と古都里も声を漏らすと、
ガラス戸に張り付き外を覗く。すると確かに、
ごつごつとした石畳は雨に濡れて光り、店の
前に立つ月桂樹の尖った葉先からは、ぽたぽ
たと白い水滴が落ちていた。
「遣らずの雨ですね」
「遣らずの、雨???」
聞き慣れぬ言葉に飛炎を向くと、彼はゆっ
たり目を細める。
「帰る者を引き留めるかのように降り出す
雨のことですよ。いま傘をお持ちしますので、
ちょっと待っていてください」
言うと、飛炎はすたすたと店の奥へ戻って
ゆき、まもなく傘を手に戻ってきてくれた。
けれど彼が手に持って来た傘は、一本。
しかも朱い無地の和紙が鮮やかな、番傘で。
古都里は、和の情緒漂うその傘に目を瞠り、
「きれい」と呟いてしまう。
「これならしっかりとした作りで大きいの
で、二人でも十分入れますよ」
素竹の持ち手と、太くしっかりとした骨組
みが特徴的な番傘を右京に手渡すと、右京は
店の戸を開け、ぱさ、とその傘を雨空に向け
て開いた。傘を手にくるりと古都里を向いた
右京は、朱い和紙を通して落ちた淡紅色の光
にほんのりと染まっていて、まるで人々を古
都に誘うポスターを見ているようだ。
「おいで、古都里さん」
思わずうっとりと見惚れてしまった古都里
に右京が含羞むので、古都里は、びびっ、と
電気が走ったように肩を振るわせ、慌てて右
京の隣に並んだ。
「素敵な傘まで、ありがとうございます」
小袋を手に頭を下げると、飛炎はひらひら
と笑って手を振ってくれる。古都里もにこに
こと手を振り返すと、飛炎の眼差しに背を押
されるようにしながら二人で肩を並べ、雨に
濡れた石畳の路を歩き始めた。
「……出るかも知れないですね。こんな雨
の日は」
遠ざかってゆく二人を見つめながら呟いた
飛炎の声は、大地を濡らす雨音に静かに掻き
消された。



