その日も狐月と二人で調弦を済ませ、お風
呂の掃除をしていると、ガラリと扉が開いて
延珠の声が聞こえた。

 「ねぇ、ちょっとあんた」

 「は、はいっ!」

 年上のはずなのに『あんた』呼ばわりされ、
ぎこちない笑みを貼り付けながらスポンジを
手に振り返る。すると、脱衣所に仁王立ちを
する形で立っていた延珠が、古都里に言った。

 「わたし、夕食の買い物に行ってくるから、
その間に座布団カバーを洗濯しといてくれる?
もうすぐ合同練習が始まるからその前に綺麗
にしておきたいの。わかった?」

 「はい。わかりました」

 そう返事をすると、延珠は、つん、と目を
逸らして脱衣所を出て行ってしまう。小姑に
いびられるお嫁さんの心境とは、こんなもの
だろうか?ふと、そんなことを思って右京の
隣に立つお嫁さんの自分を想像してしまい、
古都里はぶんぶんと頭を振った。

 「ないない。絶対ないから」

 あの聡明で美しい右京が自分を好きになる
ワケがない。それに彼は「あやかし狐」だし。

 そう自分に言い聞かせながらシャワーで浴
槽の泡を洗い流すと、古都里は座布団カバー
の洗濯をしに向かった。






 「うーん、困った。どこに干そう」

 洗濯カゴに洗い終えた座布団カバーを詰め
込むと、古都里は干す場所を探し、ふらふら
と彷徨った。二階のベランダは布団が干して
あり、使えない。ハンガーもタオルや他の洗
濯物で塞がっていて、二十枚以上ある座布団
カバーを干せる場所はなかった。古都里は一
階に下りてくると、カゴを抱えたまま廊下を
進んだ。確か、ベランダの真下の部屋に庭が
あったはずだ。もしかしたら、そこなら干せ
るかも知れない。

 記憶を辿り、長い廊下を東の角部屋に向か
う。いくつもの部屋を通り過ぎ、一番奥の部
屋の前に立つと、古都里は障子の取っ手に手
を伸ばした。


――その時だった。


 「ダメです!!古都里さんっ」

 「ひゃっ!」

 廊下の向こうから狐月の声が飛んできて、
古都里は思わず洗濯カゴを落としてしまった。

 初めて聞く狐月の尖り声に、心臓をバクバ
クさせながら振り向くと、狐月は、ととと、
と、駆けて来てカゴを持ち上げる。

 「ごめんなさい。座布団カバーが干せる場
所を探してただけなんだけど」

 間に合った、とでも言いたげに、ほぅ、と
息をついている狐月に言うと、狐月はいつも
の穏やかな笑みを浮かべた。

 「わたくしこそ、大声を出してしまって、
すみません。先にお伝えしておけば良かった
のですが、ここは右京さまの奥さまのお部屋
なんです」

 「……奥さま???」

 一瞬、呆けてしまった古都里は、その言葉
の意味を理解した瞬間、信じられない思いで
目を見開く。『奥さま』、ということは、彼
は結婚しているということだ。

 まさか、そんな相手がいるなんて、想像も
していなかった。