燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~

 向かい合せる形で並べてある箏は、二面。
 桐の木で造られた箏の長さは約百八十セン
チ、幅約二十五センチあり、中は空洞になっ
ている。絃となる箏糸は十三本張られていて、
一弦目から十弦目までは数字通りに、それ以
降は第十一弦目を()、第十二弦目を()、第十
三弦目を(きん)と呼んでいた。すでに調弦が済ん
でいるのだろう。白い箏柱(ことじ)はきちんと並んで
いて、お稽古の準備は整っているようだった。

 「そちらにどうぞ。すぐにお稽古が始まる
ので。お茶はここに置いておきますね」

 部屋の隅に置いてある座布団に座るよう勧
められ、古都里はそこにちょこんと正座する。

 その隣には白い湯気の立つ緑茶。二年ぶり
に間近で箏の音を聴ける歓びに頬を緩ませて
いると、「こんにちはぁ」という女性の声と
共に障子が開いた。

 そちらに目を向けた瞬間、古都里は思わず
「あっ」と声を漏らしてしまう。その声に導
かれるように古都里を向いたその女性も、同
じく、「あら」と声を漏らした。

 「もしかして、昨日の?」

 そう言って朗らかな笑みを浮かべたのは、
ふっくらとした唇が魅力的で、やさしそうな
女性。和服と洋装では少し印象が違ったが、
間違いなく受付に立っていたあの女性だった。

 古都里は慌てて居住まいを正すと、「こん
にちは」と頭を下げた。

 「やっぱり。受付で顔を合わせていますよ
ね。そう思ってお稽古の見学を今日にしても
らったんです」

 「そうなんですね。まさか見学に来てもら
えると思ってなかったから、嬉しい。わたし、
清水かほるといいます。よろしくね」

 「えっと、お稽古にお邪魔させていただき
ます、笹貫古都里といいます。よろしくお願
いします」

 畳に膝をついて、「嬉しい」と笑いかけてく
れたかほるは、二十代半ばだろうか。艶やか
な長い髪を後ろで一本に結び、ミモレ丈の霞
色のワンピースを身に纏っている容姿からも
柔和な印象を受ける。かほるは、ゆったりと
した所作で箏に対してやや斜めに正座すると、
箏爪を指に嵌め白木の譜面台に譜面を載せた。

 準備が整い、「よろしくお願いします」と
右京に声を掛ける。いよいよお稽古が始まる。

 「この曲はだいたい覚えていますよね。ま
ずは清水さんに弾いてもらいましょうか」

 「はい」

 右京の指示に従って、かほるが絃に箏爪を
添えた。そっと首を伸ばして譜面台を覗き見
れば、そこに置かれていたのは「秋の言の葉」。

 明治時代に岡山県出身の西山徳茂一(にしやまとくもいち)が作曲
した新曲で、やや難易度の高い曲だった。

 筝曲は作曲された年代別に古曲、新曲、現
代曲に分類される。江戸時代までに作曲され
た曲を古曲、明治から昭和にかけて作曲され
た曲を新曲と呼ぶのだが、秋の言の葉は朗々
とした曲調で秋の風情を感じさせる手事※に
味わいがあった。

※筝曲において歌と歌の間に挟まれた器楽的
な部分のこと。