その4


「あの!…一応なんですけど…。私、サウスポーじゃあないけど、手でだけでもピンクスネーク入ってる方で承りますよ。それなら万券半分以下だし、ピンスネのタトゥーと一戦まみえたという目的は達せます。どうです?そこどまりで…」

リナコはどこか思い詰めてる表情だ…。
キナオは、そう、彼女の胸中を受け止めた。
ごく自然と。

その上で、彼はリナコにラストアンサーというボールを投げた。

「今のリナコさんからのコトバ、好意としての最後通告と解釈しました。ありがとう…。まずはお礼言いますよ。だけど、今日は最終コースまで頼みます」

「いいのね?…キナオさん!」

「うん…」

二人の会話はもはや禁断の儀式に際したラストコンタクトのやり取りと言えた。
所詮、性欲に根差した秘め事をめぐる、名もないワンカップルによる相互理解のプロセスに過ぎない。
だがしかし!

二人の深層心理上は、互いのジゴク越えへの相互確認ってことになる訳で‼

かくして、Lホテル5階某室で、リナコとキナオは妖しいピンクスネークの迷宮へと手錠を繋いで一歩を踏み出した。


***


二人は悠然たる富士山をバックに、シンガポールスパをコンセプトとした異境感に満ちた広い浴室で体を洗いあった。

小柄なリナコは終始、健康的な笑顔を振りまき、とりとめのない世間話にもどこか気品を備えたキャハハハ…というあけっぴろげな笑い声で客とのコミュニケーションに努めているようであった…。

そんな表面的には天真爛漫な彼女を、キナオは素直に受け入れることができなかった。
すんなりとは…。
キナオの目からは、明らかに”無理してる感”がにじみ出ていたから…。

ここで彼自身、焦点としたのが、果たしてこのリナコという風俗嬢が、彼女からの条件を呑んだほかの客にも自分にもみたいな愁いを内包させて接していたのかどうか…。
要はこの一点…、そこが彼にとっての肝となっていた。

入浴中、キナオは注意深くリナコの目から自らの視線を逸らさなかった。

”この子…、なんて不安げな眼なんだ!寂しいとか悲しいとか辛いとか…。そのどれにも括られない、何とも正体不明のいたたまれないモード…。それって…‼”

どこか疵持ち人な笑顔のリナコからシャワーで体の隅々を優しく洗い流してくれてるリナコを見下ろし、キナオはなぜか不憫さを思い抱かずにはいられなかった…。

「リナコさん…、早くベッドの上でキミを抱きたい。だから、二人とも裸のままでここから直行しよう…」

「わかったわ。なら、手を繋いで!いいかな?」

「了解…」

ここに来て二人の会話はどこか予定調和を醸していた…?


***


室に戻った二人は無言のままベッドの上で抱き合った。
まずはゆっくりと、じっくりと…。

で!
キナオは意識してか、リナコの左手を縦断して這うピンクの小蛇ちゃんを視界から避けた。

リナコは”イイ匂い”のオンナだった。
それはキナオ的には”無垢”の香…、その素が世俗に混濁を許していない、奇跡値を振り切った異界に誘われる鼻突きということだった。

そして彼女の前戯はことのほか恥じらい深かった。
これも、他の客でもこうなのか…、と!
もしや、オレだけ特別なのか…?

この自問自答も、こういったプロセスを経てこのオンナにたどり着いた自分のこだわりからくるものだった。
とにもかくにも、キナオはそんなリナコが愛しくてしょうがなかった。

そう…、キナオは察していたのだ。
この子、オレに気兼ねして、本気で”感じる”ことをセーブしているようだと…。
すなわち、自分が性的に夢中にならなければ、左手のピンクスネークが噛みつく前提が敷かれない…。

それって!
キナオの目的が達されないで終わることを意味してる。

「リナコさん…、遠慮はいらないんだ。ブッとッとやってくれていいって!」

「いいのね、ホント?」

キナオは無言で頷いた。
すると…。

「じゃあ、アナタも激しく来て!遠慮なしで」

ここで全裸の二人は、真昼間、野獣のように互いに体を貪り合うのだった…。
マウンテッド富士にしっかり覗かれながら…。