我が主、マリエル様が女性のフリをしてライラ様と文通を続けているのには訳がある。

 マリエル様とライラ様は幼い頃からの許嫁でありながら、実際に顔を合わせたのは12年前のたった一度だけだ。
 その理由は、初顔合わせの際にライラ様がマリエル様を怖がって号泣したためだ。しかもその後しばらく熱が出てうなされたらしい。
 当時、マリエル様は15歳、ライラ様はまだ5歳だった。
 5歳のライラ様にとって15歳のマリエル様はさぞ大きく怖い存在に見えたに違いない。身長はすでに現在とほぼ変わらないぐらいあったと記憶しているし、変声期の途中でひどくガサガサした声だったことがさらに恐怖心を煽ったのだろう。

 国防の要である国境警備を担うモンザーク辺境伯家は、代々国王陛下からの信頼が篤い。
 しかし国境周辺という王都から遠く離れた山岳地帯での暮らしを強いられることや、いざ戦争が勃発すれば命の危険は警備隊だけでなく家族にも及ぶというマイナス要因が多々あるため、嫁のなり手がないのだ。
 その打開策として数代前の国王陛下が、王の勅命で辺境伯の結婚相手を決めるという制度を作った。
 現在、王都の貴族たちの間ではこの制度の撤廃を求める意見も多い。
 その一方で、辺境伯が隣国に寝返りでもしたら大変なことになる、謀反を起こされぬよう誠意を見せなければならないという、この制度の必要性を説く意見も根強い。

 だから、一度決定してしまえばよほどのことがない限り婚約解消はない。
 しかしマリエル様の場合、10歳になるまでに数回この「よほどのこと」が起きて婚約者が変更された。
 原因不明の不治の病にかかっただの、お腹を強く打ち付ける怪我をしたため子の産めない体になっただの、魔女の呪いを受けただの、ただの苦しい言い訳としか思えない理由で数名に逃げられた後、生まれたばかりのライラ・グラーツィ伯爵令嬢が婚約者になった。
 ライラ様は当時の宰相、エドモンド・グラーツィ卿の孫にあたる。
 辺境伯次期当主の婚約者がなかなか決まらないことに苦慮する国王を間近で見ていたこともあり、断ることもできなかったのだろう。
 そしてそのまま今に至るというわけだ。