我が主の婚約者であるライラ・グラーツィ伯爵令嬢が2日後にこの街を通り抜けてモンザーク邸へやって来る。
 その数日前に街で唯一のドレス店のVIP専用試着室の姿鏡に妙な細工が施された。
 これを無関係なこととして放置するのは危険だろう。

 深窓のご令嬢の企みなど、伯爵家の面々にも姉の嫁ぎ先にも筒抜けに違いない。
 そこを狙って先回りしてこの服飾店の店主を買収し、姿鏡に細工を施して彼女をさらおうという輩がいても不思議ではない。
 狙いは身代金か、伯爵家や辺境伯家の弱みを握る気なのか、それとも個人的な恨みやストーカーの可能性も否定できない。

「トーニャ、店主を裏切ることになるかもしれんが、我々に協力してもらえないだろうか」
「もちろんです!」
 マリエル様の要請にトーニャは間髪を入れずに頷いた。
「あの馬鹿息子に代替わりしてからうちの店は評判ガタ落ちでひどいもんです。その上、従業員に黙って何ですか、この細工は! マリエル様、あの馬鹿息子をこらしめてやってくださいまし!」

 現在の若き店主はトーニャにとっては子供ほどの年齢だ。
 いろいろと鬱憤もたまっていたのだろう。