その夜。
 日が暮れてあたりが暗くなるのを待って、商店が軒を連ねる街の一角にある「パール服飾店」に我が主と共にやって来た。
 すでに営業時間は終了しており、裏口からの入店だ。
 そんな「お忍び」感を醸し出しているのはもちろん、辺境伯に女装癖があるという噂を流されてはたまったものではないだめだ。

 昼間の屋敷での怒号を聞きつけたメイドのメアリーがおずおずと提案してくれたのだ。
「伯母に話してみましょうか」と。
 これに飛びついたマリエル様が、火急の用件ですぐにドレスを仕立ててもらいたいという手紙を書いて使いを()り、こうしてやって来たわけだ。

「いらっしゃいませ」
 裏の戸口を開けて人の良さそうな笑顔を見せたのは、メアリーの伯母トーニャである。
 彼女はこの服飾店の従業員で、針子を取りまとめるリーダー的な役割を任されている。
 マリエル様の母、ダイアナ様のドレスを仕立てる際もあれこれ融通を利かせてくれる頼もしい存在で、店主よりもトーニャのほうが何かと役に立つ。

 パール服飾店は老舗店ではあるが、軽薄な性格の息子に代替わりしてからどうも守秘義務が果たされておらず、評判がガタ落ちている。
 ドレスを仕立てる際にはいろいろと個人的な、そしてナーバスな要望を客から相談されることがつきもののようだが、今の店主に代替わりしてからというものそのナーバスな情報がよく漏洩しているのだ。
 あそこの娘は肩に大きなやけどの痕がある。
 あの娘は父親が誰かわからない子を妊娠している。
 その噂の出どころがパール服飾店の店主だと囁かれているものの、本人がそれを否定してしらを切りとおすものだから今のところは何のお咎めも受けていないが、このままでは店自体がどうにかなってもおかしくないだろう。
 使いに持たせた手紙に「少々込み入った事情ゆえ店主には内密に」と追記したため「それでは閉店後に」という返事をトーニャからもらい、この時間になった。

 この街でドレスを仕立てられるのはこのパール服飾店しかないため、急を要する今回はよその街で仕立てるという選択肢がないのが辛い。
 いや、そもそも我が主のドレスをオーダーすること自体が辛い。