「いるだけです……座ってるだけ。何も言いません。…ただ、ここにいるだけです」
人ひとりぶん間を開けて隣に座ると、夕凪くんは、ハァ……と諦めたように小さく溜息をつく。そしてボソッと、「警戒心どこいったんだよ…」と呟きながらそっぽを向いた。
「あ、……やっぱり傷の手当てだけ、させて下さい」
一華さんに借りた消毒液と傷テープを鞄から取り出すと、彼はチラッと目線だけ動かし、渋々ケガした腕を私のほうに向けてくれた。
まるで警戒心の強い猫みたいだ。
いや……夕凪くんは虎だった。
そう思ったら口元が少し緩んだ。
「……一華に聞いた?母親の話」
「……はい」
私は内心ドキドキ緊張しながら、差し出された夕凪くんの腕に触れる。そしてできるだけ痛みのないようにそっとケガした傷口を消毒した。