side雄大
───あれ?とふと思う。
「なあ、ミオ」
「んー?」
「“エンちゃん”って、久々に聞いたな」
「ん、たしかに」
「燐ってなんでアイツのこと“エンちゃん”って呼んでんだっけ」
「そりゃお前、あれだよ」
「どれだ?」
「“炎龍”の、“炎”の、“エン”」
いや、それはそうなんだけどさ。
「燐あいつ、前は“セリナ”だったよなあと、思って」
そう。
ある日を境に、燐はあいつをセリナとは呼ばなくなった。
突然自分を“エンちゃん”と呼ぶようになった燐を見て、セリナが困ったように笑っていたのを覚えている。
「…ああ、あいつ」
ミオが呟く。
「噂の“炎龍”がセリナだって、途中まで知らなかったから」
「…そういえばそんなこともあったなあ」
───あれは、たしか。
「雨の日、だったな」
酷い雨が地面に打ち付けていた。
学校からなかなか帰ってこない燐を、セリナが迎えに行って。
当時誰の言うことも聞こうとしなかった燐が
土砂降りに振られたセリナを見て『エンちゃん、びしょ濡れじゃん』と笑った。
どうやらその日
燐は同級生に酷い怪我を負わせていたらしい。
あれは衝撃だったなあ。
見たことのない顔をした燐に心底驚いた。俺もミオも。
けれど燐は、あいつの呼称を変えた理由を頑なに言おうとしなかった。
そうだ。思い出した。
一体、何があったんだろうか。



