窓際の特等席でオレンジ色に染まりつつある本のページを捲りながら、ノエミはそっと顔を上げた。

 広々とした図書館。その席の殆どが空いている。けれど、いつからか、ノエミの隣にはいつも一人の男子生徒――――侯爵令息のジュール・ドゥ・コンドルセが座るようになっていた。

 柔らかなブロンドヘア、宝石のように明るく透き通った碧い瞳、彫刻のように整った目鼻立ちに、女生徒のみならず誰もが目を奪われる。
 どこか近寄りがたい雰囲気の彼だが、ひとたび声を掛けられれば、相手がどんな身分だろうと平等に接するし、人当たりも良い。文武両道で、将来は同級生であるジャスティン殿下の側近になることが期待されている。

 そんなジュールに対し、ノエミは入学当初から、憧れにも似た感情を抱いてきた。

 彼に近づくたび、優しく微笑まれるたび、たった一言言葉を交わせただけでも、心臓がドキドキとときめいたし、嬉しくて堪らなかった。胸に広がる砂糖菓子のような優しい甘さを、誰にも打ち明けることなく、大事に育て、胸にしまおうとそう思っていた。


 そんな二人の関係が変わったのは、入学をして、二度目の春を迎えた頃のことだった。



「ここ、座っても良い?」


 ノエミがいつも放課後を過ごす図書館で、ジュールがそんな風に声を掛けてきた。思わぬ出来事に息を呑みつつ、ノエミはニコリと微笑んだ。


「もちろんです! だけど、珍しいですね。ジュール様が図書館にいらっしゃるなんて」


 ジュールは講義中、放課後を問わず、ジャスティン殿下の側に居ることが多い。こうして単独行動している彼を見掛けるのは珍しいことだった。


「これまでも時々は本を借りに来ていたんだよ? 短時間しか居られなかったけど、ノエミ嬢がいつもここに居るのは知っていたんだ。とても勉強熱心だよね」


 ジュールはそう言って微笑みながら、ノエミの顔を覗き込む。ノエミの心臓がトクトクと大きく鳴り響いた。


「熱心だなんて……わたしが今読んでるの、恋愛小説ですよ? 単に読書が好きなんです。不真面目な生徒ですから、好きなことばかりして過ごしてるんですよ」


 ノエミは隣に腰掛けたジュールへ控えめに目を遣りつつ、ケラケラと笑って見せる。