報告書X/その3


浦井ははじめに、本事案では向井祐二の死によって諸々の超常現象が起こり得たことを肯定する検証結果を示し、まずこれをすべての前提とすることを二人に告げた。

「…その上で、秋川刑事と津藤律子さんの推測とは8割以上の範囲で合致しました。御署で事件対象とされているのは一連の腐敗臭を伴う白い煙発生、その際の小峰さんの発作と死亡、同じく尾隠しでの石毛さんの発作、滝川さんの死亡…、この4点だと思います。それと、N署管轄で尾隠しの住人一人の死亡が加わりますが。JAAOでは、このすべてが、向井祐二さんの死に起因した超常現象によるものとの見解に至りました」

「…」

「次に、津藤さんと向井さんのコンタクトとそれに付随した一連のパフォーマンスですが、これは津藤さんのお考え、解釈とはほぼ100%一致と申し上げておきます。…言うなれば、今回は結局のところ、基本ラインではご依頼者サイドのお見立て通りという結果報告になります」

要するにJAAOとしてのコア部分での結果報告はざっくり言えば、”はい、その通りでした”となったのだ。

浦井からすれば、これは極めて異例のことであった。

見方を変えれば、本関連事案に於ける秋川と律子の見解は、JAAOの検証結果という裏付けを得たことになる。

「…では、各事象での細部はこの後、ご質問でお答えします。その前に各当事者の方々におかれましては、当方の検証結果を参考事象として受け入れていただきました。あくまで警察の捜査結果とは切り離してご査収賜りましたから、ご安心ください」

二人は改めて安堵の表情を浮かべていたが、秋川らの懸念は、もっぱら滝沢太一の遺族の反応に集約されていた。

...


小峰夫人の家族は、もともと故人の霊感が強いという認識を持っていたことから、信用金庫での騒ぎは何らかの心霊現象が起こったことによって持病の心臓発作を誘発したと捉えていた。

従って、JAAOの超常現象を伴うという見解は、すんなり納得というところで落ち着いた訳だ。

律子と向井月枝の二人は、ともに祐二の情念がもたらした超常現象を信じていたので、JAAOの報告はこれまたそのままを受容していた。

尾隠しの石毛老人に至っては、向井祐二の怨念と決めつけていただけに、JAAOから呪いや怨念と切り離した側面での分析結果を提示されたことで不安が拭われたせいか、あからさまに明るい様子を見せていたという。

なお、入院先で死亡した尾隠しの男性の家族も、既に向井祐二の怨念と思い込んでいたため、石毛からJAAO検証結果の説明を受け、祐二の恨みを買う原因も認めていたせいもあり、納得した模様だった。

長野県警N署の碓井は、滝川太一不審死事件同様、捜査に全く進展がないなか、遺族の方は超常現象ですっかり片づけてしまっている現実に何とも言えないもどかしさを感じていた。

...


そして問題の滝沢太一の家族も、JAAOの検証結果には特段拒絶する姿勢はなかったということだった。

両親は以前より息子の覗き癖は周知しており、今までにも警察沙汰に至らないその手のトラブルは何度もあったようで、今回、他殺だとしたら、”その辺り”が要因かもしれないと内心按ずるものがあったらしい。

秋川と新田からも、隣人である律子の部屋を覗いていたらしき経緯は告げられており、彼女を想うあの世にいる男性の強い情念によって息子が死に至らしめられたという”説”は、警察による捜査状況の現実と照らし合わせれば、親としてあきらめの持っていき場にできたのかも知れない…。

滝川の両親は、それによって律子に対して恨む気持ちがないことを浦井に伝え、律子もまた、滝川家に対しては心痛の思いを汲む手紙を差し入れた。

秋川と新田は、この報告に心が救われた思いがした。

まずは事件関係者、当事者間で、最低限の感情的なセーブ作用が働いたということは、捜査当局の最前線に立つ者にとって何よりの願いであるからだ。

秋川にとっては別部屋事案とした場合、これが明確なクリアラインとしていたのだ

「…浦井さん、我々現場の人間にとしては、何と言っても”それ”が第一なんです。ありがとうございます。…じゃあ、Q&Aにいかせてもらいますか。…どうだ、新田。思いに任せて、まずは素朴に知りたいことをお前から聞いてみるか?」

秋川はかわいい後輩には、あえてフリーハンドを与えることにした。