望まざる確信/その2


俗称、”別部屋”…。

刑事事件を捜査する警察官の間では、いわゆる隠語でとして使われている。
そして誰もが、”別部屋”扱いとならざるを得ない事件に遭遇しないことを日々、願いながら捜査にあたっているという。

”別部屋”に持ちこまれた事案は、必ずしも警察の管轄から離れるとは限らず、わゆる、法に照らした科学捜査に基づく犯人追及・事件解決とは”別モノ”手法で”出口”を探る作業も並行される。

要するに”別部屋”で扱う事案は通常、警察の捜査が行き詰まった際、乃至は打ち切られた後ということになるのだ。

果たして、そこに移される事件とは実際…。

...


秋川は、もはや小峰夫人と滝沢太一に起こった”事象”は、”別部屋”の領域に及んでいると、ほぼ確信に至っていた。

”新田には、今の時点できっちり話しておいた方がいいだろう…”

今の若い世代になると、”別部屋”の存在自体を承知していなかったり、頑なに拒絶している警察官は少なくない。

新田にしても先日の口ぶりでは、”別部屋”など捜査関係者の間で噂として耳にしている程度の認識だったのだから。

「新田、”別部屋”は警察の組織の中にはない。完全に外部の民間メンバーによる運用だ。俺たちが通常捜査でどうしても解明できない事件は、最終的に迷宮入りって訳だが、その過程で科学的な捜査の範疇を超えた現象が我々に立ちはだかった場合、事実上捜査の放棄という局面もあり得る。今回はそのケースに該当する可能性が極めて高いと思っている」

まずは、秋川の確信に基づく今の考えを単刀直入に伝えた。

...


「じゃあ秋川さんは、滝沢が死んだ真相は警察の捜査では解決できないって言うんですか?」

「現時点では断定できないが。なにしろ、津藤律子と向井と名乗る年配女性と会ってからだ。でもな…」

「秋川さんは、超常現象ってことで考えてるんですね?」

「俺たちはデカだ。”それ”を認めた段階で、警察としての通常の捜査は立ち行かなくなる。だから、今はその可能性が高いというところで留めておかないとな。…だが、お前には心の準備をしてもらいたくてな」

「しかし…、そんな簡単に割り切れませんよ。せめて、もう限界だというところまでは調べてからでないと…。その上でじゃないと…。それが俺の正直な気持ちですよ!」

新田の反応はおおよそ予想した通りだった。

”無理もないさ…” 

これも秋川の正直な思いだった。

...


「まあ、それが普通だろうな。デカとしては至極まっとうだ。だがな…、大切な人を失った被害者の遺族にとって、犯人や真相がわからないことほど辛いものはない。もし、そういう現象によるものが作用したんであれば、我々のアプローチ以外で違った解決方法を択できる。それは早いに越したことないとも思えるんだ」

「でも…」

「新田、それは簡単にあきらめるってことではない。ただ、判断のタイミングを見誤ると、新たな犠牲者を増やすことにも繋がる恐れだったあるよ。だが、その決断は刑事事件を追うデカにとっては、自らの尊厳にかかわることだしな…」

「…」

秋川にはこの時に新田の胸の内に去来したものが、手に取るようにわかった。

「…二人と会ってそっちに戻ったら、なにしろ細かく報告するよ。その上でじっくり話し合おう。無論、そっちの調べは継続してくれ。新たな展開だって考えられるからな」

「わかりました…。向井さんの方、連絡お願いします」

「了解だ。向井さんとは連絡が取れたらそっちにも報告する」

ここで新田との電話は一旦切って、さっそく向井と名乗る女性の電話番号に発信してみることにした…。