マスター、バイトの子、辞めたのと聞かれたとき、店主の山瀬は、ええと頷いただけだった、数ヶ月ぶりに来た客が出張土産だと地酒だけでなく、まんじゅうの詰め合わせを持って来たのは彼女の為だろう。
 理由を知っていたが、そのことを客に話す気はなかった。
 元気になったら一度くらい顔を見に行こうと思っていた、だが、一ヶ月、二ヶ月と何事もなく過ぎていく。
 家族や身内なら電話をすれば容態を教えてくれるだろうが、赤の他人、バイト先の人間だ、無理だろうと思っていたからだ。
  

 ある夜、一人の女性が店を訪れた、閉店間近なので断ろうかと思っていたとき、ここで木桜美夜さんが働いていませんでしたかと言われた驚いた。

 「実は彼女は」
 
 事故に遭い、意識不明で昏睡状態だったが、最近になって目が覚めたこと、元気になったら挨拶に来るという話を聞かされて山瀬は驚いた。
 
 そんな彼女が一週間前、挨拶に来たのだ。
 事故で顔だけでなく見た目が変わっている、驚かないでほしいと事前に言われていたのだ、だが自分は大人だ、多少の容姿の変貌など、それ程、変わるものではないだろうと思っていた。
 
 事故による肉体的なショックか、後遺症、薬のせいなのか、顔も怪我の為にと女性が少し言いにくそうな口調だったのを思い出す、もしかして怪我をして、顔に傷がなどと思ったが、そうではなかった。
 肩までの長さの髪は真っ白だった、少し痩せているように感じた、そのせいか、顔も少しばかり、別人のように見えなくもない。
 


 「さっきの女性、誰ですマスターのお知り合いですか」

 彼女が帰った後、バイトの学生が興味津々といった表情で尋ねてきた。

 「もしかしてマスターの彼女さん、とか」
 
 何を、どう勘違いしたのか、無言になる自分に。

 「きれいな人ですね、髪もカラー、おしゃれ染めですかね」

 山瀬は学生の言葉に驚いた、素直に女性の事を綺麗と表現する言葉を最近の子ははっきりしているなあと思ったのかもしれない。
 

 今日は客もそれ程多くはない、気になるのはカウンターの二人の男性客の会話だ、聞こえてきた木桜という名字に、はっとしてしまったのだ。
 名字だけなら、それ程でもないのだが、気になったのは続く会話だ、まさかと思ってしまった、そのとき、客が入ってきた。

 
 入ってきたのは女性と男性、外国人のようだ。

 「で、ボス、どうするんです」
 
 女性は日本語だが、男性は黙りこんだままだ、渋い、映画俳優のような容貌なので店内の客は視線を向ける。

 「仕方ないです、亡くなっているんですよ、本人は、だからといって娘に会うって無理では」
 
 女の言葉、声は、少し呆れたように感じられる。

 すると男がふうっと溜息をついた。

 「やめろ、その呼び方は」
 「悪党面、ですからね、ボスは」

 女は悪びれた様子もなく、さらりと言いながら、メニューを見て注文を始めた。
 余程、空腹なのだろう、焼きおにぎり、焼き鳥丼、だし巻き卵、豆腐サラダ、ビールの大ジョッキを頼むと、手帳を出し、調べましたよと男に向かってにっこりと笑った。


 「娘の名前は美しい夜と書いて、ミヤと呼ぶんです、退院してからはアパート暮らしだそうです」
 「生活には困っていないのか」
 「なんとも言えませんね、実は調べたら娘さん、この店でバイトしていたらしいんです」
 
 突然、男は席を立った、あまりの勢いにイスが倒れ、店内の視線を浴びたが、女は座ってくださいと言葉をかけた。

 「まずは、空腹を満たさなければ、ボス、人使いが荒いですからね」