女二人に男一人の組み合わせ、だが、ストーカーという女の言葉が通行人を驚かせたのは無理もない、躊躇したように足を止める人もいるが、それも一瞬だ。
 関わり合いになって面倒に巻き込まれたらと思ったのだろう、だが、沢木が近づきながら声をかけようとした瞬間、警察を呼ぶわよという女の言葉に男は困惑したようだ。

「おい、君」

 沢木の声が途切れたのは相手の顔を見て、まさかという表情になったからだ。

 「市川、さん」

 確かめるような声に男の表情が、はっとしたように沢木を見ると、気まずさからなのか、慌てて背を向けると、逃げるように、その場を去って行った。

「ありがとうございます」

 二人の女性に頭を下げられた沢木だが、ストーカー、警察をと叫んだ女性がいぶかしむように沢木を見たが、あっという顔になりパチパチと瞬きをした。

「知り合いなのか、沢木君」
「今度、舞台で共演する若手の女優なんです、私服だと全然、気づきませんでした」

 メイクと私服でわからなかったがと沢木は言葉を続けて池上を見ると、もう一人の女性は池上さんの知り合いですかと言葉をかけた。

「店の中で偶然ね、彼女、杖をだろう持っていただろう」
「それにしても、あの男性」

 少し気まずそうな顔になった沢木に、まずいことを聞いたかなと池上は思った。

「池上さん、時間ありますよね、少し聞いてくれますか」

 楽しい話ではなさそうだなと思いながらも池上は頷いた。

「あの男は役者なのかい」
「三年前までは有名な劇団で看板スターでした、でも事故でしばらく休養するといって、いつ復帰するんだって皆が噂していたんですが、いつ復帰するんだって皆が噂していたんですが」

 休養するということで劇団をやめたというのは、怪我の具合が、それほどひどかったのだろうか。
 先ほど、ちらりと見ただけだが、立っている様子を見ても、そんな感じには見えなかった。

「池上さん、番組に出てもらえないかって話、あれ」


 病院で寝ていたというより昏睡状態だったと目が覚めて聞かされたときは驚いた。
 事故に遭ったというが、そのときの事は覚えていなかった。
 仕方がありません、三年もと聞かされたときは驚いた、それからのはビリが始まって、体の筋肉も少しずつ、体調も少しずつよくはなってきたが、完全にとはいいがたいのは若くはないからだろう。
 杖が手放せないのは万が一のためだ。
 病院で眠っていた間に祖父も亡くなっていた、だが、悲しいとか、そんな気持ちになれないのは元々、希薄な関係だったせいかもしれない。

「お母さんって、どんな人、だったの」

 あの質問がまずかったのだと今でも思っている、二人で暮らしていて疑問に思う事もあったが、口にしなかったのはいけないことではないかと子供心に思ったからだ。

 事故に遭ったのは災難と思うしかない。
 相手の男性は見舞いに来てくれたらしいが、医者から面会は不要と言われたらしい。
 だから、治部とぶつかった相手がどんな人なのかわからなかった、ところが、退院してしばらくして一人の男性が尋ねてきたのだ。
 アパートのチャイムが鳴り、市川ですと名乗る男性を見ても誰なのかわからなかった。
 女性の知り合い、友人はいたが、男性、自分より年上らしい、相手を見たとき不思議に思った。
 もしかして、セールスか何かだろうかと思ったのは相手がちゃんとしたスーツを着て、眼鏡をかけた、いかにもサラリーマンという風体をしていたからだ。

「木桜美夜さん」

 あの日、名前を呼ばれ、あなたに怪我をさせた当事者ですと言われたとき、どう、返事をしていいのか迷ったのは無理もなかった。
 話を聞くと自分が病院で昏睡状態だった間の治療費の支払いが、全額戻ってきたと聞いて驚いた。
 悪いのは自分だからと言われても、眠っていた自分に事情がさっぱり
わからないのだ。

 退院してからの生活費は事故に遭う前に少しだがバイトをしていたのだ、や、それだけではない、母が自分に色々なもの、生活費とすむ場所、アパートも用意してくれていた。
 仲が悪かったわけではないが、仕事の為に一緒に住むことができない、でも誕生日や何かの折には電話や少しだが、会ったりしていたのだ。
 愛してるから、会うたびに抱きしめて繰り返す言葉に一緒に暮らすことができないなんて平気だと子供の頃から思っていた。
 本当の母親でないと知ったのは自分が昏睡から、病院から目覚めてしばらくしてからだった。



「今、いいですか」

 開店までは時間があった、てっきりバイトの学生かと思ったが、店の中に入ってきたのは真っ白な髪をした女性だ。
 店主の山瀬(やませ)は、不思議そうな表情になったが、女性が頭を下げる様子にまさかという顔になった。

「もしかして、木桜さん」

自分の知っていた彼女、この店でバイトをしていた時の彼女は真っ黒な髪だった、それだけではない表情、顔も自分が知っている彼女とは。
 そんなことを思っていると困ったように、覚えていてくれましたかと言われ、山瀬は、思わず、ああと頷いた。

「お見舞いに来てくれたと看護婦さんから聞きました」

 事故に遭ったと聞いた時は驚いた、バイトが始まる時は遅れたこともなく、何かあったのではと思ったが、連絡しようにも彼女が携帯やスマホを持っていなかった。
 昨今は学生、小学校でも持っていると聞くが、一度聞いたことがあった、すると返ってきたのは、必要がないからというどこか言葉を濁すような微妙な返事だった。

「あの、これ、バイトが中途で迷惑をかけてしまって」

 下げていた袋を差し出されて受け取った山瀬は不思議そうな顔になった。

「ひ、干物です」

 そのとき、ガラッとドアが開き、遅れてすみませんと若い男性が入ってきた、バイトの学生だった。