夫を見送った後、依田結花(よだゆいか)は徒歩数分の実家の母とお手伝いさんを呼んだ。
「結花ちゃん、今日はどこにいこうかしら? 松翁屋(しょうおうや)さんにいく?」
「えー、どこでもいいや。お母さんが決めたとこでいいよ」
 結花は母の周子(ちかこ)の質問に投げやりで答える。
 テレビに夢中だったのに話しかけられて、なんとなく腹が立つ。
「じゃ、松翁屋さんね。その前に掃除しないと」
「いーじゃん、お手伝いさんに押し付ければ」
 結花は睨みつけるように、台所で洗い物をしている女性に目を向けた。
 呉松(くれまつ)家のお手伝いの野田(のた)である。
 歳は60代後半。元々小柄で少し腰が曲がり気味にもかかわらず、無理して高い戸棚からコーヒーを取り出す。
 元気な結花と周子は全く手伝うそぶりを見せない。
「ねー、野田さーん、早くしてよ! さっきからずっとまってるんですけどぉ!」
 結花は強い口調で野田を急かす。
「そうよ。結花ちゃんが首を長くして待ってるじゃない。早くしてよ」
 周子がさらに追い討ちをかける。
「少々お待ち下さいませ」
 せっつかれた野田は、不手際をしないように準備をして二人のもとへ渡す。
「お待たせしました。結花お嬢様、奥様」
「あんたトロ臭いんだけど」