その3


その夜のノボルは、どこか夢心地だった…。

まるで遊園地に一日中夢中になって、心の芯まで童心に浸っていられた気分…。
そんな思いにはめ込むこともできたのだ。

”今晩胃袋に入れたちゃんちゃん亭のラーメンののど越しは、一生忘れないだろう。それは味だけではなく、咀嚼と呑み込む瞬間の感覚…。ヘビじゃあ到底叶わん食の醍醐味だ…”

ノボルをその感覚にもたらした、その響き…。
それは”通称バグジー”だった…。

...


「…よし、あんちゃん、気に入ったぜ。とっておきのガイを教えたる。たまたま、仕込みたての湯気の出るネタが耳に入ったところだったんだ。どうや?」

「ええ、是非その湯気を、この寒さでかじかんだオレの耳にください。オヤジさん!」

ノボルは思わず。麺をゆでるオヤジの右耳に視線を固定された。
チャンチャン亭のオヤジである目印、似合わないピアス…。

”しかも、このオヤジ…、どさん子じゃねーじゃん。コテコテの関西弁だし(爆&苦笑)”

小雪舞うR町の漁港前屋台では、”そういう展開”だった…。


...


”バグジーってか…‼”

それはノボルの、大打ノボルという素の隅に、かろうじて消え去っていなかった童心という琴線を軽快に弾いた4文字と言えた。

”右手のスパーン、30センチ!握力100キロ超え!青森産のサンふじを瞬時でリンゴジュースにしちまうミキサー機能!すげえ…”

「…そいつまだ20前後でだ、殺しまではやらんらしいのに、何度もブタ箱入ってるってこっちゃ。なんでも、頭に血が上ると手に負えん程で、大阪の現場じゃあ、若い女を顔面掴んでは10回近くブン投げて血だらけにしてのう、サツに現行犯だってことや。サツがあと1分遅かったら、その女殺されたらだろうってな」

「オヤジさん!そいつとはどこで会えるかな?」

「うーん、日本全国を回ってるフリーランサーらしいからのう。今はもう大阪を離れたって聞いとるが…。まあ、大阪のネタ元にその辺もう一度確認してみるわ。まあ、どこいったか分からんってことやったら、すまんが。ええか?」

「ええ。すいませんが、頼みます。ここには、また来ますんで…」

「おお、木曜日には話せるやろ。待ってるで」

...


”バグジーとかってヤロウはいい!ハナシだけで文句なし、スカウト対象だ。所在が掴めたら、どこへでも飛んで行ってやる”

自分と同年代の、通称バグジーというその凶暴な大男を頭で想像するだけで、ノボルはゾクゾクした。

という訳で、この夜のちゃんちゃん亭のみそラーメンは、まさに格別の味を彼にもたらしたのだった。