その2


御手洗イサム…。
この男はもともと、三貫野ミチロウの情報元という存在だった。
実の兄が極道の準構成員ということで、三貫野がマンストックから掘り起こして、数年前にその筋のネタ収集という目的でパイプを持った。

そのうちに、180を超える上背、100キロちょうどの巨漢で荒い気性の持ち主という御手洗を、三貫野は時折、用心棒的に力技が必要な局面で起用するようになっていた。

今ではその方面で”使える”との判断から、ノボルの目指すロードに際しては、本拠地横浜へ遣わすことを頭に描いていた。

そしてその決断は予定より早まり、翌日、大打武次郎と椎名の待つ横浜へと発つことになったのだ。


...


「…いいな、向こうへ着いたら即、東京北部だ。椎名の話では3、4人交代で付けるそうだ。まあ当面は、現地のガキや愚連隊連中と軽く接触ってところで構わないだろう。東龍会経由で地元を仕切る星流会とも繋いでくれるそうだしな」

「わかった。とにかく、椎名さんに良く話を聞いてうまくやる。安心してくれ」

”コイツのビジュアルは今回にはもってこいだろう。椎名も期待してるし、潜入・視察とは言え、陣立てには格好だ。うん、このイサムなら適任さ”

三貫野は自らの人選に自信を抱いていた。
それは文字通り、マンストックを実践の場で活かせるステージを迎える段での昂揚感も伴って…。

”何しろ、新たなステップに移行したことを、一昨日ノボルさんとの電話で実感した。それにしても…、ノボルさんの口にしてたアレ、どういう意味なのだろうか…”

三貫野の指す”アレ”とは…。

...


「…御手洗の後は、三貫野、時期を見てお前もやっぱり横浜にと考えてる。無論、熊本を完全に離れられないだろうから、当分は往復になって大変だが。どうだ?」

「ええ、来たるべき態勢固めってことで、オレもその思いではいますよ。今から」

「うん。そこでだ…、”実際”となったら、お前を100%活かすには、もうひとつ顔を増やしてもらいたいと思ってる」

「えっ…、顔をもうひとつ…?それって、一体…」

「まあ、今はオレの胸の内のプランだし、おいおい話していくが、お前の持つカメレオンの素養を更に進化させたいってとこだ、フフ…」

「はあ…」

「お前はこれからのオレにとって、単なる懐刀、表向きの片腕だけに収めておくにゃあ、もったいない人材だ。もう一役担ってもらいたい。そういうことだよ」

「それが、もうひとつ増やす顔ってことですね?」

「あっ…、いっそ、名前ももうひとつな。そうだな…、コバヤシとかタカハシとか…。ありふれた苗字がいい。使い捨てネームの感覚でな」

この時はこれで終わったのだが…。

...


”タカハシ…!”

この聞きなれた4文字は、電話を切った後、三貫野の耳には妙にフィットした。
そして、気持ちも一種、高鳴っていたのだ。
何故か…。

”なんなんだろうか…、このギラっとする感覚は…”

その半月後…。
この年の大晦日に三貫野ミチロウが横浜に入った直後、彼の第3の顔、”通称タカハシ”は誕生をみることになるのだが…。

この時、その顔の下に大打ノボルが忍ばせようとしていたおぞましい実体を、三貫野はまだはっきりと知るには至らなかった…。