その1



まさに麻衣ブームが到来した晩夏だった…。
文字通り、相馬豹子こと本郷麻衣は一晩にしてシンデレラとなったのだ。

そしてその日を境に、この国を二分する東西のやくざ全国組織の耳目は、その小柄な当年17歳の少女が独占することとなる…。
だが、それは多くの人間の予想に即した結果でもあった。

”伊豆で開催された麻衣と撲殺男の婚約パーティーで、日本を動かすヤクザ勢力図の今後の出目が決したな。大げさな言い方をすれば、しばらく極道界を動かすのは麻衣だ…”

その日を1週間経過した週明けの早朝…。
誰もいない東京都下H市内の”事務所”で、ノボルは麻衣の”進化”に考えを巡らせていた。

...


だが、その麻衣による直撃弾はすでに東龍会はもちろん、即ノボルの足元にも及んだ。

”まあ、坂内さんはさすがだ…。何とも妥当な判断さ…。ここはそれに従うし、後悔もしねえ…。要は麻衣とオレのセメント対決はこれからってことさ。麻衣…、お前…、倉橋麻衣になる前に向かってくるな。正直な気持ちとしては、お前には、せめてあの撲殺男の新妻の座をわずかでも味わってもらいたいんだが…”

果たして…⁉
このノボルが抱く、”ようやく巡り合えた好敵手”本郷麻衣への一種純朴とも言えるこの希求の情はどこから湧いたものであったのだろうか…。

...


「…いいか、ノボル…。関東内でのみそぎは凌いだ。田代とも共同歩調を貫徹できたしな。組織内の”空気”もそれなりのラインで留まってる。そっちは何とかなんだ。ジャッカル・ニャンの撤退も最低限のカッコがついたし。問題はそこ以外だ…。わかるな?」

”ふん…、わからないでかよ…。坂内さんは確かに関東内での立場を死守するだけでなく、返す刀で関西に於ける親相和会のオポジション勢力には、暗黙の喰いこみを果たした。はっきり言って犬飼さんの息のかっかったグループに、例の坂内スキームの売り込みを絡めたラブコールが届いたってことになる。それはイコール、相和会へのけん制球となる。あくまで水面下の見えないタマとして…”

「ふふ‥、こっちも必死だったさ。”伊豆”とダイレクトの川俣ルートを敢えて持ちだし、猫だましをかましてやってよう(薄笑)。まあ、淀の助川御大にはミエミエだったようだが、要はこっちへの許容度は飲ませた。犬飼さんにもうまく”泳いで”もらったしな」

”ふう…、この辺の秘技を絡めたこねり具合がオレ達とはレベルが違う。なんたって、縄張り侵攻を認めて謝罪する立場が、殺しちまってるんだぜ。ワビ入れる相手の組員をさ!(苦笑)”

都内の某河川敷に浮かんだ哀れな西城アツシの遺体…。
ノボルは心の中でのけ反る思いだった。

”…まあ、今回バラした西城は相和会からもタマを狙われてたらしいがな。いや…、だからこそだ。相和会は当然、歯ぎしりだろーよ。”そこ”を今回、ペイとさせた。すげ~って!ちなみに、オレらのネタ元でもあったんだよな、あのチンピラ崩れ。砂垣経由でよう。はは…、何とも複雑だわ”

...


「…ノボル、どうやら俺の今の懸念、承知してるらしいな…」

「ええ…。”麻衣への前のめり、命取りなりかねないぞ!ここは完全撤退で先方らのマークが外れることを最優先させる。その為に、下げたく無い頭を各方面で下げたんだ。ノボル、わかってるな!”…ですよね?」

「ハハハ…、お前、誰にそれ、諭された?タカハシか…?」

「…」

タカハシ…。