「フローラ。 もう寝たか?」
「はい、寝ています」

 ベッドの上に横たわるのは、殿下の呪いを解いた魔女。ただいま絶賛寝たフリを強行中である。

 レオの私室の大きなベッドで、フローラが倒れた日からずっと、夜は一緒に眠っている。
 とは言っても、フローラの身体のことを考えてか、求められることはなかった。レオは、フローラの腹を愛しそうに眺め、時折優しく撫でながら眠るまでの時間を過ごすのだ。腹の子を愛しむように触れるレオを見ていると、邪険に扱うこともできず、フローラは参っていた。

「寝ていないではないか」
「だから寝ていますってば」

 フローラは口だけは動かして、仰向けで目を瞑ったまま答えた。ここで起きていると言えば、話がしたいだとか、抱き締めていいか、お腹を触っていいか、キスは? と色々お願いされるに違いない。

 かと言って本当に寝ていると、額や頬、唇にまでキスが降ってくる。腹の子に影響しては嫌なので仰向け以外の体制で眠るのも気が引けて、こうして堂々と「寝ている」と言い張る寝たフリを強行している。

「フローラに渡したいものがある」
「何もいりません」
「受け取ってほしい」
「結構です」

 フローラが意識を戻してから、レオは沢山の贈り物をしてくれる。
 可愛らしい花束に、ドレスやキラキラした宝石類、本や絵までプレゼントされた。

 どう考えても、子ども目当てだ。後継者として子どもが「必要」なのだろう。もしくは王族の血筋を王都の外に出してはいけないと考えているのかも。フローラは駒でしかない。産んでしまえば用済みだと森へ返されてしまうに違いない。

「魔女も血を繋がなければなりません。他の方と子作りしていただくわけにはいきませんか?」
「はぁ?」
「この子が貴方の子どもだと、誰にも言いません。誓約魔法を使っても構いません。だから森に──」
「ここに居てほしい。私の側に」

 言葉を遮られ思わずレオの方を見ると、金色の瞳が射抜くかのように鋭くフローラに向けられていた。

「私は魔女です! 貴方の側には──」
「死が二人を別つ時まで、側に居てほしい」
「夜のお相手が必要なら、別の方に」
「そんなものは要らぬ」

 怒りのオーラがひしひしと伝わってくる。顔を背けて逃げたいのに、その瞳から逃げられず、じっと見つめ合う。

「フローラ」

 それは、あの夜を思いださせるような、甘い響き。
 低音の優しい声。思わず縋りたくなる。

「フローラ……」
「レオ様は……どうして私を妃にしたいのですか」
「フローラの側にいたいからだ。この身分が邪魔ならば捨てても構わない。家族だって」
「っ!?」
「私は、フローラのことが──」
「何をおっしゃっているのですか! 身分を捨てる? 家族を捨てる? ありえません!」
「ま、待てフローラ」

 目の前が真っ赤になる感覚がした。怒りで沸騰しそうだ。レオのことを愛しているからこそ、怒りが沸々と溢れ出してくる。

「家族を捨てる? じゃあこれから貴方が他に大切な人が出来た時、私もこの子も簡単に捨ててしまうということでしょう!? あんなに素晴らしいご家族がいるのに『捨てる』なんて簡単に言わないで! 私はっ、わたしはっ、会いたくたって、もっ、もう二度と! 会えないのに!!」

 ぽたぽたと涙がシーツにこぼれ落ちる。悔しい。体調不良が続いたからか、感情の昂りが抑え切れない。人前でこんなに泣いたことなんてないのにと、フローラはまた涙した。

「……悪かった。軽率な発言だった。フローラ、君とどうしてもこれからも一緒にいたいということを伝えたかっただけなんだ」
「うっ、も、もう、いいです。きょ、今日は寝ます!」

 泣きすぎて上手く喋れないフローラはそのまま横になり目を瞑る。
 
「おやすみなさい!」
「フローラ……」

 涙を止めるため目を瞑って蓋をした。フローラはその後、何を言われても無言で寝たふりを続けたのだった。