どうして怒られなければいけないのだろう。

 うつむきたくなる気持ちだって、少しは分かるでしょ。
 わたしの態度が気になるのなら、いちいち話しかけてこないで。


 そんな言葉が渦巻くけれど、出すわけにはいかないと必死に呑み込んだ。


「あの……何か」


 相手の意図がわからなくて、躊躇いがちに訊ねる。
 その瞬間、彼の顔がますます歪み、眉間には深くしわが刻まれた。


 ……いったい何なんだ、この人は。


 わたしたちは初対面なのだから、わたしが彼にぞんざいに扱われる理由も、わざわざ話を聞く義務もないはずだ。

 内面を詳しく知らなくても、現段階で既に彼への好感度は低い。

 普段なら心地よいはずの春風も、今はぬるくて苛立ちが募る。


 じっと見つめていると、彼もわたしをまっすぐに見つめ返した。



 ────息を呑むほど綺麗な瞳だった。



「……わたし…っ」



 ────この瞳を、彼の色を、知っている。


 何の根拠もなく、唐突にそう思った。

 断片的な記憶が蘇るように。ぼんやりとしていて、だけど確かなものが何か、わたしの中に流れ込んでくる。

 何かを知らせるように、心臓が鼓動を速めていく。


(わたしは何を忘れてる?)


 大切な、特別な何かを、わたしはずっと昔から探し続けている。


 じっとこちらに向けられた瞳は、何を考えているか分からないほど、怖いくらいに澄んでいた。