ふと気配を感じて、はっと前を見ると暗闇の中に尚一層暗い影が出来ている。

(ちゃら男かよ……脅かすなよ)

「……起こしたくはないんだろう。君の声は、頭に響いてしまうから黙って」

 いきなり現れた派手な格好をした背の高い男は、形の良い唇に人差し指を当てると優雅な笑みを浮かべた。

 そっと音を立てずに、机に突っ伏しているナトラージュに近付くと、彼は慎重に顔を持ち上げそのまま腕に抱き上げた。

(おい)

 ぷにぷにとした前脚を器用に使って、長い腰布を引っ張る。彩り鮮やかな出で立ちが、彼の国オペルでの正装だ。しゃらっと鳴った金の透かし模様の剣帯も、下手すると下品になりかねないが、周辺国に鳴り響くほどの美貌を持つ彼には良く似合っていた。いや、この男が着ればなんでも様になると言うべきか。

「ここで寝かせるつもりかい?」

 ヴァンキッシュは、腕の中で可愛い寝息を立てている彼女を気遣いひそやかな掠れた声で囁いた。

 なんだか訳もなく、それを聞いて背中がぞくぞくとした。

 ラスは人ではないが、人の感情に敏感な生き物だ。彼の決して悪意ではない、何らかの強い感情を気取った。