彼が去ってしまった、あの時。

 もし、ナトラージュが後を追いかけていなかったとしても、彼は無事ではあっただろう。女性問題で騒ぎを起こしすぎた外交官のことを、あまり良くは思っていない王でも、自分の城に暗殺集団が入り込んでいたという知らせを聞いたら導師の誰かに|縛られし者(リガート)で事態を収拾するように命じたはずだ。

 けれど、ひどく傷ついたヴァンキッシュの心はあの後時間を空けてしまえば、もう離れて閉じてしまったままになったかもしれない。

 必死で走って追いかけて、みっともなく何度もこけてその度に「彼を探さなきゃ」と、立ち上がった。二人の関係がどうしようもならなくなる前に、誤解がとけて、今こうして笑い合えていることが何よりも嬉しい。

「……ナトラージュ。僕は君に言っておかねばならないことが、ひとつあるんだけど」

 神妙な表情で切り出した彼は、言いにくそうに口に手を当てていた。

「なんでしょう?」

 彼の女性問題については、面白おかしくして流れている噂も多いが事実も確かにいくつか紛れているという話は聞いた。自分と出会う前のことを、今更気にしても仕方ない。