(……近過ぎる。心臓壊れそう……)

 ナトラージュは、力なく両手を前に押し出した。離れて欲しいと言う意思表示を見て、彼はとても不思議そうな顔をした。

「……まだ、何もしてないよ?」

「わかっていますけど……近すぎます」

「キスしても、良い?」

「ダメです」

「どうして? 今、凄くしたいんだけど。軽く触れるだけでも……ダメ?」

「……ダメです。絶対ダメ」

 むうっとした顔をして強く拒否するナトラージュの言葉を聞いて、ヴァンキッシュは何かを考え込むような顔になった。

「……ヴァンキッシュ様?」

 急に黙りこんでしまった、ヴァンキッシュを驚いて見上げた。彼は何故か、戸惑ったように一瞬だけ目を逸らすと、いつも通りの明るい笑顔を見せた。

「ごめんごめん。冗談だよ……このまま部屋に戻る? 戻るなら、送って行くから」

「……ありがとうございます」

 避け続けていた彼に、一度会ってしまえば部屋に帰るのを断る理由など、何もない。

 また完全に空気になっていたラスはなんとも言えない顔をして、この一連の出来事を黙って見ていた。