部屋の中に入ってゆっくりと話したいと、暗に彼は言った。けれど、目の前に居るヴァンキッシュと人には言えない、とても刺激的な行為をしたのは、ほんの数時間前の出来事だ。

(ダメ……とても、何もなかったようになんて、振る舞えない……)

 嘘をつき慣れていないナトラージュには、すぐさまそれを見抜いてしまう彼に、今朝までのことを悟らせないように会話するのは途方もなく難しいことに思えた。

「あの……ごめんなさい。ヴァンキッシュ様。私……」

 彼の申し出を断るためにどう言えば良いか、迷った。

 頭の中にはいろんな思いが、ぐるぐると渦巻いている。完全に好意を持ってしまっている男性と予想もつかない経緯とは言えそういう事をして、とても嬉しかったことや、甘く気持ち良すぎる初体験に、衝撃的な昔の彼女の名前とか。

「ナトラージュは……昨夜死の危険を前にして、ひどく怯えていました。今も落ち着いているとは、言えません。命の恩人に対し礼を言うのは、少し待って頂けませんか」

 全てを知っているジェラルディンは、今目の前の彼と話させることは負担になると思ってか、そう助け舟を出してくれた。