結婚して別居生活、貴族の夫婦なら決して珍しいことではない。
 だが、妊娠されていますと医師から聞かされたとき、ジュスティーナは喜ぶことができなかった、夫との子供だからかもしれない。
 しかし、医師の言葉は続いた、その表情は妊娠という事実に対し、おめでたいことですという喜びの表情ではなかった。

 「死産で生まれる確率は高いです、原因は」

 性病ですと言われて素直に納得できた、自分の夫であるゲインズは爵位は決して高くはない、だが、顔立ち、見た目は良いのだ、若い女達なら放ってはおかないだろう。

 「まずは、あなたの安全と治療を有線させましょう」

 妊娠のせいで病気も発見できたことは幸いだと医者は言葉を続けた。

 「実は、この病気は男性の場合、完治しても体内に」

 医者の言葉にジュスティーナは、厄介ねと呟いた。
 


 久しぶりに会う妻の話はゲインズには耳の痛いことばかりだった。
 二度目の再発ということ、見た目からして素人でもわかる明らかに症状は重い、完治には時間がかかる、自宅では治療もむりだろう。
 入院を勧められたが、それも普通の病院ではなく特殊病棟だと言われてゲインズは言葉が出なかった。
  
 「助けてくれ、夫婦だろう」
  
 やっとの思いで、口にした最初の言葉に、妻である彼女は頷いた。

 「最初に、お互いの事には干渉しないと約束したのを忘れたの」
  
 「い、今は、そんな事を言ってる場合じゃない」

  
  
 治療はする、完治も保証される、だが、診察を受けて、これぐらいかかるでしょうと出された請求書を見て驚いた、それも一括で前払いだと言われて困った、無理をすれば払えない額ではない。
 だが、完治した後の生活が苦しくなるのは目に見えている、妻の彼女だけが頼りだ。
 必死に頼み込むゲインズに彼女は条件を出した。

 「治療が終わったら離婚してください」
 
 すぐには返事ができなかった、自分だって、いずれは離婚はするつもりだった、だが、それは今ではない、時期をみてのことだと思っていた。
 いずれは跡継ぎを産む為に他の女と結婚をと考えていた、だが父親は爵位も家も売りに出すという、そうなると自分はどうなる。
 しかも、こんな形で妻から離婚を言い渡されるのは世間に知られたら笑い者だ。
 離婚は納得できないと食い下がった、だが、最期には折れるしかなかった。
  
 離婚を妻から切り出されたことはショックだったが、その前に病気を治さなければという思いがあった。
 それに自分から切り出したとはいえ、彼女も若くはない、離婚したいと言っても、完治した自分が別れたくはないと言えば思いとどまってくれるかもしれないとゲインズは考えた。
 誓約書にサインした後、治療の説明を受けた、手術をした後、投薬治療の為、特殊病棟に半年から一年ほど入院することになると聞かされて驚いた。
 そんなに長く入院生活をするのか、正直、自分に我慢できるだろうか。
  
 「体の負担を軽くする為に、手術中、医師の判断で肌や、臓器の一部を切断、摘出することもあります、それも了承済みという事でよろしいですね」
  
 細かいことを、うるさいくらいだ、医者の説明というのはと思いながらもゲインズは医師の診断書にサインした。
  
 
 


 「自分の妻に、どれだけ迷惑をかければすむんだ」
  
 父親にはすまないと思うが、仕方がない、自分を放っておかない、周りの女達が悪いのだとゲインズは思っていた。
 
 「おまえの治療費を私も出すことにした、彼女だけに負担をかける訳にはいかない」
 
 だが父親の言葉はそれだけではなかった。
 親子の縁を切るという、戸惑ったのも無理はない、母が亡くなってからも父だけは味方だったからだ。
  
  
 手術が終わり、全身は包帯でぐるぐるに巻かれ、顔だけでなく手足、背中、全身の皮膚、至るところに青痣、中には紫に変色し、腐りかけている部分もあったので、それを切除したと聞かされて驚いた。
 排泄も看護師や器具でやってもらうこととなり、身動きできない状態だと知ると驚きよりも絶望で目の前が真っ暗になった。
 
  
 ようやく治療院から出る事ができたときは、ほっとした、だが帰る家がなかった。
 父親が爵位を返上し、資産、財産を治療費にあてたからだ。
 以前の屋敷とは比べものにならない小さな家には召使いもいない、いや、新しく雇えばいいと気を取り直した。
   
 そうだ、元気になった事を確かめるため出掛けたのは夜の街だ、ところが店に入る事ができなかった、門前払いだ。
  
 「あんたを入れる訳にはいかねえ、うちの女達に病気をうつされたら困るからな」

 「治ったんだ、もう大丈夫だ」

 「お断りだ、治ったっていってもな、性病ってのは再発の可能性だってあるんだよ、こっちは商売とはいえ、生活がかかってるんだ」

 「おまえのところの女が原因じゃないのか」
  
 「なんだと、皆、知ってるんだぜ、それに女を抱くつもりみたいだが、その体で何ができるんだ」

 「な、なに」
 
 「使い物になるのか、いや、ないんだろう」

 それは一番、知られたくないことだった、何故という疑問が顔に出たのだろう、男はにやりと笑った。

 「知ってるぜ、皆、この病気に限っては国からもお達しが出てるんだ」 
  
  
  
 
 エヴァンズは申し訳ないという気持ちで何度も頭を下げた。
 容姿だけでなく、息子は中身も妻にそっくりだと今更のように思った、結婚すれば落ち着くだろうと思っていたが、甘かった。
 子供なら言い聞かせる事もできたかもしれないが、もう遅い、息子は大人だ。
 救いは自分の血が混じっていないということだけだ。
 
 「貴族の結婚とはそういうものだと割り切っています、ただ、短い結婚生活でしたが」
 


 今更、自分が息子に何を言ったところで二人が夫婦に戻ることはない。
 エヴァンズは、この時初めて、自分の人生で二度目の選択を下した。 
 

 ゲインズは死んだ、病気ではない、街で娼婦ともめ事、言い争いになり、女の取り巻きとヒモの男達に、痛めつけられたらしい、下町、貧民街の荒くれ男に貴族、いや、没落して平民となった男が勝てる訳がない。
 平民の犯人捜しなど税金の無駄遣いと、そのままだ。
 
 
 「ああ、金のない者でも、平民を看てくれる、いい診療所だよ、エヴァンズって元貴族様が建てたんだ」
 
 何故、金は使い果たした筈だ、自分の父親が診療所を建てたなどゲインズは信じられなかった。
 
 「こいつ、先生の息子だって、嘘ついて金でもたかりに来たのか」
 
 「嘘じゃない、俺は息子だ」
 
 「先生には子供がいるんだ、生まれたばかりの赤ん坊が」
 
 妻、結婚だと、自分の父親が結婚して子供ができたというのか、まさか、信じられない。
 腹を、顔を、殴られ、蹴られてゲインズは息を吐きながら地面に倒れると、そのまま動かなくなった。