旧姓中山、現在は田中律子という名の、中山家の長女は、妹の加奈子からの電話を受け、

「爺さんが危篤ねえ…。でも、隣県とは名ばかりで、高速使っても4時間半かかるのは加奈子も知ってるでしょ?新幹線も高いし」

加奈子の姉というだけあって、ドライに律子は言う。

「だよね、めんどくさいのはわかるよ。ただ、母さんがお姉ちゃんを呼べってうるさくて。まぁ、世間体の問題だと思うけど」

「とりあえず、旦那に相談してから折り返すわ」

そっけなく答えた律子は、つい最近、またしても学への怨念を感じていた。

学の転勤のせいで、転校ばかり繰り返すはめになったこと、そして、引っ越しのために愛犬と生き別れになるはめになったことを、人間より動物が大好きな律子は今でも怨んでいる。

当時の愛犬タローは、今頃とっくにお星様になっているだろう。

今は、夫婦でハスキー犬のナージャを飼っているが、それでもタローを忘れたわけではない。

転校ばかりで、親しい友達のいなかった律子の唯一の親友が、日本犬の、忠犬タローだったのだ。

律子は、今でこそ加奈子のことを嫌いではないが、性に潔癖な中学生の頃、母の志津子が妊娠したと聞かされた時は、両親のことがどうしようもなく気持ち悪くて、顔を見るのも、日に日にせり出てくる母の腹を見るのも嫌だった。

しかも、両親は昔からずっと不仲だ。

それなのに何故、自分の誕生からそんなに歳月が過ぎて、両親ともかなりの年齢になってから子供ができたのかも、当時は不思議でならなかった。

よりによって、高校受験真っ只中の時期に加奈子が産まれ、情緒不安定だった律子は受験失敗。