5年ほど前にスイスの空港で高校の同級生に偶然呼び止められたあかねさん。



これといって仲が良かったわけではなく、たまたま同じクラスだった男の子。

いわゆる目立つ男子のグループにいて、先生たちにもクラスメイト達にも好かれていた、キラキラした男の子。あかねさんにとっては、どうでもいいタイプ。

山野井暉。

明るくて目立ちたがり屋で、気さくで面倒見がよくて人を惹きつけて止まない魅力的でキュートな男の子は、ぼろぼろのジーンズに無造作に後ろに流したぼさぼさ髪、大きなバックパックを背負った姿でも、変わらずキラキラと輝いていた。

名は体を現す。

彼は自分の名前の通り、いつでもどこでも輝いているんだな。


それが再会の第一印象だったそうだ。


意外といえば意外、納得と言えば納得。彼はトラベル・インフルエンサーとして世界中を旅して稼いでいた。

高校の頃なんて、3年間同じクラスだったにもかかわらずほんの数回しか話したこともなかったのに、彼はあかねさんをはっきりと覚えていた。

「私にも偏見(バイアス)があったのかもね。みんなのアイドル的な男の子なんて、苦手で近寄らないでいたから。でも卒業後何年も経ってるのに外国の空港で、迷わず当然のように『滝田!』ってものすっごい笑顔で手を振ってきたの。話したこともないクラスの陰キャラをよく覚えてたよね」

カフェでお互いに仕事のことについて話して、乗り継ぎを急ぐ暉は「連絡先を交換しようぜ!」と言ったらしい。勢いに押されて交換して別れて、数週間後、本当に連絡が来た。それ以来、時々連絡しあっていた。


そして3年前、あかねさんがCAをやめると言った時、暇なら南欧をひと月くらい一緒に回らないか訊いてきて、あかねさんはOKした。

昔は話そうともしなかったけれど、再会して話してみるととてもかわいくて憎めなくていい奴だったと彼女は笑った。


旅の間中、ふたりはいろいろな話をした。

暉はよく、私の話とそして親友の蒼の話をしたらしい。

「俺の野望はさ、朔と蒼をくっつけることなんだ」

「あんたがいくら企んだって、そんなの本人たち次第じゃないの」

「そうだよ。でも朔に会えば蒼は朔を好きになるし、朔も蒼を好きになる。間違いないんだ」

――確か、庭でバーベキューした日の夜も、居間で暉はそんなことを言ってたっけ。



『あいつは絶対に朔に惚れる、朔は絶対にあいつに惚れるだろうって、思ったから』



「それで暉は、秘密をひとつ教えてくれたの」

あかねさんはウインクして言った。


地球には月が必要なんだよ。

もしも月がなかったら、地球は今の3分の1の速さで高速回転するんだ。一日はたったの8時間。

そうなると毎日のように地表は大荒れに荒れて、生命体が生まれたとしてもなかなか進化しない。隕石もぼこぼこ落ちてきて、1億年ごとに絶滅するらしいよ。

初めて会った時に、教室の自分の席であいつ、そういう本読んでたんだ。

あんな外見してるけど、中身は結構ジミなんだよな。妙に冷めてるくせに、動物には優しいし。覚えてる? 2年の時、眉毛みたいな模様の白黒のノラ子猫が体育倉庫の裏によくいたの。あれ世話してたの、蒼なんだ。

それで、決定打はさ。あるときに何でか忘れたけど名前の由来の話になって、あいつの名前、地球にちなんで父親がつけたって聞いた。俺と双子の妹は太陽と月にちなんで名づけられた。それで直感がピン! ときたんだよ。こいつになら、朔をお願いできるなって。


でも、その時すぐお願いしたいってわけじゃなかったんだ。


十代の頃なんて、恋愛したって長続きしないだろ。まして蒼はあの見かけのせいで女たちが放っておかないのに来るもの拒まず、去る者追わずでさ。誰にも執着しなかったし、まぁ、今でもそこは変わらないかな。だから長期計画を練ることにした。

幸いにも朔は大人になっても結婚なんかしないって言ってたし、恋愛に積極的でもないし、焦る必要はない。

高校の頃はうちに遊びに来ても絶対に会わせないようにしたんだ。だって、じらされたほうが興味がわくと思わない? 一方では定期的にあいつには朔の話はするようにして印象付けておいて……蒼が留学から戻って働き始めるまで待ったんだ。

蒼の場合、寄ってくる女たちが妙に自信過剰なのばかりなのも問題点だったな。まぁ、あのルックスだから、自分に自信のない女は寄ってこないだろうけど。

それで俺が別のタイプを紹介しても、いまいち反応が悪くてさ。高校の頃から、もしかしたら誰か好きな女がいるのかなとも考えたけど、訊いてもそういうことは教えてくれなかったな。

「もしもあんたの計画より先に、妹さんが誰かと結婚するってことになったらどうするの?」

あかねさんの疑問に暉は笑って答えた。

「そうなってもそれは実現しないだろうなって確信がある。朔の運命の相手は、蒼だから」


「それを聞いたときは、暉ったらなにを言っちゃってるのよ、運命なんてあたま大丈夫? って思ったけど、その旅のあいだに私はトニと出会ったの。それで、運命って予想もできないところに転がってるんだなって思ったら……ふたりのことも、ありえる気がしてきちゃったんだ」

暉に毒されたわと、あかねさんは楽し気に笑った。

私は暉の壮大な計画に呆れた。

「それって、私が実家に戻ったあたりからのたくらみだと思ってたら、そんな昔から、勝手に計画してたのね」

「暉がタチ悪いのは、悪気が全くないところだよね。朔ちゃんのことも蒼のこともよく知ってて大事だからこそ、思いついちゃったのかもね」



――もしも私がワインを持ってあのバーに上がって行かなかったとしても、結局は暉の策略で蒼に会うことになったいたのかな。蒼は蒼で私が逃げたあの時から、暉を通じて再会することを計画していたと言ってたし……

なぁんだ、どうなったとしても、私と蒼は、また会う運命だったのね。


何も知らずに一夜の過ちだと思っていたのは、私だけ。


「まぁまぁまぁ、暉も無理矢理にはどうにかしようとは思わなかったはずだし、結果的にはいい感じの現実になったんだから、怒らないであげてね」

あかねさんは私の腕をぽんぽんと叩いた。

私は呆れてそして深いため息をついて諦めた。小さなころから暉は突拍子もないことで私を驚かせることが多いけど、一度もそうされて残念な目に遭ったりとか悲しいことになったりとかの経験はないのだ。

これは、不問に付すしかない。


うーん。


あかねさんは開店準備のために帰って行った。

見送りで1階に降りていくと、ちょうどるなちゃんが来たところだった。

彼女はドアの前で私を見るなり、思いつめた様子で言った。


「朔おねえさん! 私、私……家出してきました……」