「ねぇ、知ってたんでしょ? リュン君のこと」

部屋の中央。円形のラグの上に向かい合って座り蒼の膝をぺしぺし叩きながら問いただすと、蒼は肩をすくめた。

「まぁ、一応は。友達としてというよりは、あいつの弁護士として」

「あなたたちは、私に秘密が多すぎると思わない?」

「俺には守秘義務がある。いくら家族にもあいつが望まないことはばらせない」

「どうして望まないの? 私にとっては血のつながった甥じゃない? お父さんには孫じゃない?」

「だから、特殊だから。あの子が会いたいって言わなければ本人(あいつ)も会えなかったわけだし、普通の家族らしい付き合いができないのに、彼の存在を教えてがっかりさせたくなかったのかもしれない」

「それでも、7年も黙ってるなんてひどいよね? あ、あんな小さいのに、一人で1万キロも離れたところから来るなんて……」

思わず感情的になり、涙があふれてくる。私は蒼の胡坐をかいた膝に顔を伏せた。

「機内ではCAが、降りてからは地上スタッフが面倒見てくれたはずだから心配ないよ。それに暉に顔は似てるけど、あいつよりはしっかりしてそうだし」

蒼は私の頭を撫でる。

「どうして……私はあの子のこと今日まで何も知らなかったのに、あの子は、私のこと、朔ちゃんって……ちゃんと私の名前、知って……」

「そうか、嬉しいのか。楽しい夏休みにしてやればいいよ。今まで知らなかったなら、これから知ればいい」

「まさか……」

私は顔を上げる。

「ほかにも、暉の隠し子、いたりしないよね?」

「俺の知る限りは、ないと思う」

蒼は苦笑した。





朝食はいつもより早起きして、イチジクとイチゴの2種類のコンフィチュールを作った。フランスの朝食は甘いものが中心だと以前に暉が言っていたのを思い出し、リュン君のために甘い朝食を作ることにした。

昨夜は遅かったのでとりあえずうちにあるもので。

リュン君は何が好きなんだろう? とりあえずオレンジジュースとホットミルク、トースト、バターと2種類のコンフィチュールと半熟卵を用意した。

長旅の疲れも見せず、リュン君は元気に「おはようございます」と言って暉と一緒にキッチンに現れた。そして用意した朝ご飯をおいしそうに食べてくれたので、私は思わず涙腺が緩みかけた。私の甥っ子。髪や瞳の色は違うけど、本当に、暉の子供の頃によく似ている。

隣り合って座った暉とリュン君は、何やらぼそぼそとフランス語で会話している。ふたりは今後の予定について話し合っているのだと、私の隣で蒼が教えてくれる。

「僕は、アキのことが知りたいです」

リュン君は静かに、きっぱりと言った。7歳とは思えない、本当に大人びている。

「もちろん、朔ちゃんのことも。それから、おじいちゃんのことも」

空を飛んで1万キロの彼方からやって来た、天使のような私の甥っ子。お姉さんの娘を目の中に入れても痛くないと言ってデレデレになっていた先輩秘書のことを思い出す。私はそれをちょっと温度の低い目で見ていたけど、今なら彼女の気持ちがわかる。暉によく似た暉の子供が、こんなにかわいいなんて。


事務所に行く前に自分のマンションに寄って着替えていくと言って、蒼が早めに出て行く。


午前中は暉と私とリュン君で、お買い物へ。カフェは妙子さんと、木曜日は一日中時間のある海里君に開店から任せておく。ショッピングモールのパン屋でクロワッサンやバゲットを買おうとしていると、リュン君に手を引かれた。

「朔ちゃん、日本にいる間、僕はアキや朔ちゃんがいつも食べているご飯がいいです」

私の甥っ子は、なんて大人びているの? 

でも、トリプルのアイスクリームを食べる姿は年相応でとてもかわいい。暉も冷静さを取り戻してきたらしく、息子というよりは小さな友達に接するようにしている。リュン君も、父親に対するより、友達に接しているみたい。

平日の午前中なのでショッピングセンターは比較的空いているけれど、暉とリュン君はすれ違う人たちの人目を引いていた。


昨夜は暉の部屋で一緒に寝かせたけれど、生まれたときから母親とは別の部屋で寝ていたので一人で大丈夫ですとリュン君が言うので、彼の部屋は暉の部屋の隣の客間に決定した。

彼はキャスター付きの小型のキャリーバック一つと小さなバックパックを背負ってきたらしい。荷物が少ないのでとりあえずひと月半を快適に暮らせる日用品を買いそろえることに。日本でも子供たちに大人気のアニメキャラクターのパジャマやタオルケットを買ってあげると、顔を真っ赤にして喜んでいたのはとてもかわいかった。

少し早いランチはフードコートのラーメンを、リュン君のリクエストで。

「日本に来たら、ほんもののラーメン、食べてみたかったです」

豚骨ラーメンを子供用の樹脂でできたお椀に取り分けてあげると、音もたてずに子供用のフォークで器用に食べる。それを見て暉がはは、と笑う。

「シシィと同じ食べ方だな。なつかしい。ラーメンは音を立てて食べるもんだぞ?」

「シシィ?」

私が首をかしげると、リュン君が教えてくれる。

「マモンのことです」

「クレールがシシィ?」

「親しい呼び方です」

「なるほど……」

「今でも時々、南仏に行くと会うことがあるんだ。リュンには会わせてくれなかったけど、彼女は今でも俺の大事な友人の一人だから」

うーん。私にはよくわからないけど。

駿也のように、付き合っていた女性が妊娠出産を秘密にしていたというわけではなくて、リュン君のママは夫はいらないけど子供は欲しかった、だから暉との子を産んだけど、暉には何も求めなかった。その後もふたりは友人関係で、でもリュン君と暉が会うのは今回が初めて。うーん。




その後スーパーで夕飯の買い物をして戻ると、妙子さんと海里君によるリュン君の熱烈大歓迎が待っていた。

「父さんは夕方ごろこっちに来るって」

スーパーにいるときに父からの電話を受けていた暉がそう言ったので、今夜は父もうちで夕食を一緒に取ることになった。お父さん、どんな気持ちかな。いきなり7歳の孫が現れるなんて。

リュン君は暉とカフェにいる。私は母屋のキッチンで夕飯の下ごしらえにかかる。



ようやくひととおり済んでそろそろカフェに行こうかと思っていると、海里君が少し慌てた様子で私を呼びに来た。

「朔さん、るなちゃんが来たんですけど……なんだか様子がおかしくて。朔さんを呼んでほしいって言ってます」

「るなちゃんが?」

「はい。ちょっと、動揺してるっていうか……」



るなちゃん、どうしたんだろう?