月曜日。


ソファとテーブル、オットマン、本棚、キャビネットが配達される。

配送の人たちが組み立ててくれたので、暉と蒼は私の考えた位置に動かしてくれる係。

もともと書庫にあった読書と書き物用の父の古い小ぶりな机を、蒼は屋根部屋に持ってきて本当に自分用に窓辺に置いた。

届いた本棚には、下の階には置いておけない父の貴重本を並べる。

「ごはんですよ~」と1階から妙子さんがソプラノを響かせる。そう、今日のお昼は妙子さんが作ってくれたのだ。


1階のフロアの中央の、大きなテーブルでランチにする。

メニューに載せる料理たち、いわば試食会。

ロレーヌのキッシュ、ほうれん草とチーズのキッシュ、玉子サンド、ハムサンドにBLTサンド。そしてしゃけ、明太子、チーズおかかに梅おかかおにぎり。

「妙子さん、全部激うま‼」

暉は世界中に自慢すると言って写真をSNSにアップする。食器類がアンティークなのもあって、いい感じの写真が撮れてる。すぐに「いいね!」が増えていき、ものの3分で1000を超えて、その後も秒単位で増えて行く。トラベル・インフルエンサー、おそるべし。

「俺は仕事だけじゃなくて、メシを食うためにもここに来る」

蒼が親指を立てると、妙子さんは胸の前で両手を合わせて喜ぶ。

「あら、嬉しいこと。屋根部屋からのオーダーは、裏メニューものもたくさん作っちゃうわ!」

「蒼はほんとに食い物の好みがうるさいんだよ。気に入らなければ絶対に食わない、ってことは、妙子さんの料理は激うまってことだよ」

うん? じゃあ、毎日私の作るごはんも、一応合格ってこと?

何も褒めてくれてないけど……?

眉根を寄せて左斜め上を見上げる私の表情を察した暉が、自分の発言をフォローし始める。昨日から、私への発言には気を付けているらしい。

「あっ、ほら、もちろん、朔メシも気に入られてるよ。毎日完食じゃん? なぁ、蒼?」

蒼は私を見る。おかしくて笑いたいのを堪えたまじめくさった表情でうん、と頷く。

「もちろんだ。俺は誰かさんと違って、毎回ちゃんと感謝しながらいただいてる」

私はぷっと吹き出す。暉、墓穴を掘る。

昨日の事情を知らない妙子さんは頭の上にクエスチョンマークを浮かべるが、暉は顔を覆う。

「そ、そういえばさ、親父にバイトのこと言ったら、ぜひ推薦したい院生がいるってさ。今日の午後、面接に来てくれるからみんなで会おうなっ!」

暉は話題を変えて笑ってごまかした。金のガチョウと言われたことはもやっとするけど、よく考えてみたら発想がメルヘンでかわいいから許す。

(はる)ちゃんとこの学生さん? どんな子が来るのか楽しみねぇ」

妙子さんがふふふと笑う。

「お父さんの教え子さんなら……」

私のつぶやきを暉が完結する。

「変わったやつには違いないだろうなぁ」

「暉よりしっかりしてればいいだろ」

蒼はにやりと笑った。





時任(ときとう)海里(かいり)と申します。教授のゼミの院生で22歳、名前には海って入ってますけど、まったく泳げません」

蒼がぷはっと吹き出す。私は蒼の腕をぴしゃりと叩く。

やはり期待を裏切らなかった、父の教え子君。

妙子さんはにこにこしていて、暉は個性的な自己紹介にちょっと面食らって口をぽかんと開いている。


午後2時、持参してきてくれた履歴書によると、隣の市に一人暮らししているらしい。運転免許はあるけれど、車はなし。

私たちは1階の大きなテーブルで「面接」を行っている。

「実家は老舗の和菓子屋で、小さいころから掃除や店の手伝いをしていたので、お役に立てると思います!」

暉が父から聞いた話によると、和菓子屋の末っ子で研究室では優秀だけど、世間に出ると純粋すぎて騙されやしないかと心配なのだそう。父の推薦ならば採用間違いなしだが、一応、形式的な面接はしておこうと暉が言ったのだ。

暉が全員を簡単に紹介して、とりあえずひとり一つずつ質問してみることにした。


「ええと、海里君、趣味はなんでしょうか?」

まずは私が訊いた。海里君は上を向いて少しだけ考えてから笑顔で答える。

「しいて言えば、オセロと切り絵ですね」

また蒼がぷはっと笑う。

外見はさわやかで今時の青年で、犬で言えば柴犬みたいにかわいい。

でも、趣味は渋い。

「そっかぁ。楽しそうだねー。じゃ、好きな動物は?」

なんで動物なんて訊くの? 暉……

これには迷いなく即答が返ってくる。

「ハリネズミです! 小学生の時に飼ってたんです。シナモンカラーのハリネズミ。あ、シナモンて、目が黒くて鼻がピンクで、針……バンドって言うんですけど、それが白っぽくて……めちゃかわいかったんです。その名もそのまんまシナモン! でも、高校1年の時に寿命で死んでしまいました……」

海里君は当時を思い出したのか、悲しげな表情になる。妙子さんがあたふたと話題を変える。

「じゃあ、今度は私ね! えっとねぇ、好きな女の子のタイプは?」

もはやカフェの面接ではない。でも海里君はまじめに考えている。

「えー。ハリネズミみたいなひとがいいですね! でも今好きな人はヤマネコみたいな人です」


――意味不明。でも、悪い子じゃないことは、わかった。

「俺はここの従業員じゃないから、質問はいいや。もう十分、キミがいい奴だってことはわかったし」

蒼は笑いを堪えて口元を隠しながら言う。ばかにしているのではなく、ほんとにおかしいみたいだ。

労働条件は後から暉が話す予定で、とりあえず面接は終了した。

「明日からオープンの土曜日まで、研修しましょうね!」

私が言うと、海里君は「はい!」と満面の笑顔でうなずいた。本当に柴犬みたいでかわいくて癒される。

妙子さんはキッチンへ戻る。

私と蒼は屋根部屋に戻る。蒼はすでに自分のラップトップを持ち込んでいるので、ぼちぼち仕事を始めるらしい。



屋根部屋に戻っても、蒼は何もしゃべらずに黙々とPCの画面を見て何やら打ち込んでいる。

集中しているから話しかけないほうがいいと判断して、私も自分の作業をする。

「研修って、別にすることないだろう?」

キーを叩く音が止まったと思ったら、蒼は何の前触れもなく思い出したように言う。

「え? あるでしょう。 メニューのこととか、本のこととか、システムのこととか」

「暉にやらせれば」

「いくつかはね。でもいろいろと忙しそうだし、メインは私が」

「……」

「?」

なんだろう? 不機嫌そうだけど……

書き損じのA4紙をぐしゃぐしゃとまるめて、私めがけて投げつけてくる。丸めた紙は私のおでこに当たって床に落ちた。



なんなの?