「ご、ごめ!」
慌てて退こうとする。だけど、その時に静之くんの漆黒の瞳と目が合った。そして、同時に彼の形の良い唇も目に入る。
そして、その唇が動いた。それは、こんな言葉を話していた。
「(行かないで、朱音)」
「っ!」
どうして、だろう。なんで、私は静之くんの話している言葉が分かるんだろう。
読唇術が出来るわけでもない。経験があるわけでも、資格を持っているわけでもない。
加えて、今静之くんは初めて私の事を、名字ではなくて名前で呼んだ。「朱音」と。
だけど、分かってしまった。
私のことを呼ぶ唇が、私にそう訴えているって。手に取るように分かってしまうのだ。
「なに……?静之くん」
「!」
さっきも、このセリフを言った気がする。そう、枝垂坂さんから静之くんを奪ったあの時。走りながら、静之くんが私を呼んだ気がした。
――なに?静之くん
その時と、同じ言葉を返した。
すると、急に。
静之くんの目の色が変わった。



